毎週金曜日夜19:30に更新中の腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。久しぶりのポッドキャスト収録です。
#369の今回は、腸内細菌相談室の室長が先週に参加してきましたEMBL Symposia Human Microbiomeについてお話していきます。
なんだかよくわからない単語が並んでいます。Human Microbiomeは、ヒトに棲息する微生物のコミュニティ、いわばヒト微生物叢ですね。ではEMBL Symposiaとは?EMBLとは、European Molecular Biology Labolatory、欧州分子生物学研究所の略称になります。ヨーロッパにおける分子生物学研究の中枢です。SymposiaはSymposiumの複数形です。なので、EMBL Symposia Human Microbiomeは、EMBLが主催しているヒト微生物叢についての学会ということになります。
本学会は、2023年9月20-23日に、ドイツのハイデルベルグにて開催されました。そこで、今回のエピソードでは、①EMBLとはどのような機関か、②本学会で感じたヒト微生物叢研究の潮流、③出張記録とハイデルベルグの街についてお話していきます!
腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!
EMBLとはどのような機関なのかご紹介します。European Molecular Biology Labolatory:欧州分子生物学研究所(EMBL:通称エンブル)は、スペイン:バルセロナ、フランス:グルノーブル、ドイツ:ハンブルグ・ハイデルベルグ、イギリス:ヒンクストン、イタリア:ローマに拠点を置く分子生物学研究所です。特に、ハイデルベルグはEMBL本部が置かれており、今回のSymposiaもハイデルベルグにて開催されました。
EMBLの歴史は1974年7月にヨーロッパ9カ国とイスラエルの署名に遡ります。EMBLからはノーベル賞受賞者も輩出されており、1995年のノーベル生理学医学賞、2017年のノーベル化学賞などはEMBL発の研究になります。
EMBLでは生物学に関連する多様な研究が展開されている他、トレーニングセッションや学会の開催なども活発に行われているのが特徴です。
EMBLについての詳細は、ホームページからご確認ください。
今回のEMBL Symposia Human Microbiomeは、約400名が参加する大きな学会となりました。口頭発表・ポスター発表では、ヒト微生物叢研究を牽引する数々の若手や重鎮の研究者が、論文化されている情報、されていない情報も含めて発表していました。しばしば、論文化されていない(=多くが今後論文として発表される)研究成果が面白かったり、貴重だったりするので、学会参加が大切だったりします。もちろん、この分野のリーダーに会うことができる体験は刺激的ですし、今後のキャリアを形成する上で重要なチャンスやヒントがそこかしこに転がっている場です。今回のエピソードでは、論文化されていない情報をお届けすることはできないので、既に公表されていて(主観的に)面白い研究についてのお話になります。
ちなみに、発表の敷居が高い口頭発表にて、日本からは慶應義塾大学医学部の本田賢也先生がご登壇されており、便移植などに関連する革新的な発表をされていました。
では、室長が講演やポスター発表を聞く中で感じた潮流や、面白かった研究について紹介できる範囲でお話します。
室長が感じたヒト微生物叢研究の潮流としては、①コホート研究は大きく、詳細になり、②扱う細菌のデータは属や種から株に、③広い意味でのMicrobiome研究が盛んに、です。
まず①については、ヒト細菌叢の研究がより大きなコホートサイズを取り扱う様になってきました。数百人から数千人規模のコホートを取り扱う場合や、詳細で珍しいデータを扱う研究が多く見られる様になりました。例えば、LifeLines Nextコホートは1500名のオランダに住む個人について、産前産後の母親、父親、赤ちゃん、取りまう環境からサンプリングし、細菌叢の変化や周囲の環境、体との関係を調査します。このコホートのデータはもうすぐ取り終わるようなので、今後の解析が楽しみです。
続いて②について、扱う細菌データがより細かい生物階級で議論されるようになってきています。これまでの細菌叢研究の多くは属や種レベルでの疾患との関係や系統解析などが主流でした。そもそも16S rRNAアンプリコンシーケンスの結果を解析する上では、限られた領域について解析を行った結果から系統組成を推定しています。ショットガンメタゲノムシーケンスでも、シーケンスのデプスを深めなければ株レベルの解析に耐えうるリード数を確保できない場合も往々にして存在します。そんな中で、オープンなデータが増加することや、シーケンシングコストが低下することに伴って、使える株のゲノムが集まってきて、株レベルでの解析が可能になってきました。種レベルの解析の限界点は、種内に存在する機能遺伝子の多様性を考慮できない点にあります。同じ種でも、病原性を発現する細菌株と病原性を発現しない細菌株が存在するので、疾患と細菌の関係についてより細かい解像度での解析が、これからの数年で行える様になってくるはずです。私の研究のバリューもここにあります。
最後に③点目については、細菌叢だけでなく真菌叢、ウイルス叢の解析が注目されています。これまでの解析の多くは腸内細菌叢に焦点を当てた議論が主流であり、主流である点は現在も変わっていません。しかし、実験手法や解析手法が創出されることに伴って、細菌叢と関係のある真菌叢、ウイルス叢についての解析が進んでいます。例えば、今回の学会でとある学術雑誌の編集者のヒトとお話をしましたが、ウイルス叢研究の盛り上がり感についてお話しました。ウイルスは、細菌に感染することによって、遺伝子機能の移動に関係することもあるので、今後遺伝子の水平伝播に関するよりダイナミックな世界観が見えてくると思います。
では、今回の学会で面白いと感じた、今まで知らなかった研究の一部をご紹介します。1つは、食物繊維不足になることで生じる一部の腸内細菌の病原性についてです。食物繊維それそのものは、腸内細菌の餌として重要であることは広く認識されています。しかし、食物繊維が不足するとどうなるのでしょうか。2016年Cellに公開の"A Dietary Fiber-Deprived Gut Microbiota Degrades the Colonic Mucus Barrier and Enhances Pathogen Susceptibility"では、腸管を保護する粘液の成分ムチンを分解する細菌が、食物繊維の不足によって、ムチン分解菌の一種"Citrobacter rodentium"が腸管の炎症などを惹起することが示唆されています。
2つ目の研究は、乳児に対して糞便微生物移植を行うというPOC研究です。この研究はCellに2020年掲載の"Maternal Fecal Microbiota Transplantation in Cesarean-Born Infants Rapidly Restores Normal Gut Microbial Development: A Proof-of-Concept Study"へ掲載されています。出産に際して、経膣分娩と比較して帝王切開では母子間の細菌の定着が乱れるということが考えられています。そこで、帝王切開にて生まれた乳児に対して母親の糞便微生物移植を行うことで、帝王切開で損なわれた母子間の細菌移動を補うことを目的として研究しています。少なくともPOCの段階では、経膣分娩の赤ちゃんの腸内細菌叢と糞便移植をした帝王切開で生まれた赤ちゃんの腸内細菌叢は似ているという結果が得られています。こんな先進的な研究、なかなかできないですよね!
最後に、出張記録を残しておこうと思います。今回の学会には全日参加しました。学会以外の予定も含め、9/18に日本を出発し、9/27に帰国をするスケジュールです。久しぶりの海外だったのですが、色々な意味で海外と日本の良さを感じれる良い出張でした。今回の出張では、行きも帰りもベトナム航空にお世話になり、行きは成田からハノイ経由のトランジットでフランクフルトへ、帰りはフランクフルトからホーチミン経由のトランジットで成田へ帰国です。
ハイデルベルグでは、ハイデルベルグ中央駅近くの素泊まりホテルに泊まりました。部屋は非常に綺麗で良かったです。チェックインをする直前に、ホテルの前でたむろをしている人が数十人いて、これは大丈夫なのか?!と思いましたが、"Don't be afraid"と受付の人には言われました。ホテル前は広場になっていて、ドイツの外にルーツを持つ人が集まっていて、喋る場所になっているっぽいです。そうと分かれば怖くは有りませんでした。
9月のハイデルベルグは昼間は涼しく快適で、夜は寒いです。半袖で寝るには寒すぎました。昼間は心地よく、日本と比べて湿度もなく、散歩をしたくなるような気候でした。
ハイデルベルグには、ハイデルベルグ大学を筆頭に様々な大学や病院が点在しています。中でもハイデルベルグ大学は、ヨーロッパで最も古い大学ということで、かつては使われていた牢屋が展示してあったりします。歴史を感じさせます。
ハイデルベルグには、旧市街、新興の地域、旧市街と新興地域の間のような地域が存在しています。特に旧市街は、とってもロマンチックな町並みで、日本では見られない町並みでした。ハイデルベルグで目を引いたのは、旧市街の道端のテラス席でビール、コーヒーやご飯、そして雑談を楽しむ人の多さです!みんな何かの話に熱中していて、思い思いの時間を過ごしていました。そんな旧市街なので、夜遅くになってもたくさんの人で賑わっていました。
フランクフルトと比べて、ハイデルベルグの治安は抜群に良いように感じました。海外あるあるの、町中にいる薬物中毒やヤバそうな方を見かけることは有りませんでしたし、身の危険を感じることも有りませんでした。
ただし、円安がキツい…!!!
すべてのものが高いのです。近くのスーパーに言ったりして、プレッツェルとかサラミとかチーズを食べてました。あとは学会で飲み物やご飯が出てくるので、これはとっても大きかったです。
最後に、ハイデルベルグで撮影した写真を何枚か残しておわりにします。
今回は、先週参加してきたEMBL Symposia Human Microbiomeについてのお話でした。やはり海外に出ると、最新の研究の潮流だけではなく、この業界ではとっても大切な国際間の繋がりを得ることができました。実りある出張でした。またデスクに戻って、研究再開です。
来年にも国際学会があるので、その時はまたエピソードを残せればと思います。楽しみにしていてください!
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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!