#371 【Microbe-seq】細菌を細胞単位で解析する技術。

更新日: 2023/10/13

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

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毎週金曜日夜19:30に更新中の腸内細菌相談室。 室長の鈴木大輔がお届けします。

突然ですが、みなさんは腸内細菌叢の研究が具体的にどのようにして行われているかご存知でしょうか?腸内細菌相談室では、腸内細菌研究の要素技術については数多く解説してきましたが、サンプル調製から解析結果が得られるまでを説明するのは、かなり難しいです。なぜ難しいかというと、サンプルを調製してデータを得るまでは実験が、データを得てから解析結果を得るまでは計算が主な操作になるためです。実験と計算には、異なる専門性を必要とすることから、例えプロの研究者であっても、腸内細菌研究の最初から最後までを操作レベルの高い解像度で答えるのは難しいのです。

つまり、最初の質問では、かなり難しいことを投げかけていたことになります。では、答えはどうでしょうか?今回は、腸内細菌研究の従来の手法と、近年新しく登場した"細菌を細胞単位でシーケンシングして解析する"手法についてお話します。エピソードを終えるころには、腸内細菌研究の一連の流れが分かる様になりますし、現段階での研究の限界点を知ることも出来ます!

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

メタゲノムを用いた腸内細菌叢の解析

まずは、従来の腸内細菌叢研究についてお話していきます。歴史的な流れから確認していきましょう。

時は30年ほど遡り1990年代、世界各国の関心はヒトゲノムの解読でした。ヒトゲノムとは、ヒトの生存に必要な全遺伝情報のことを指します。つまり、生物学的に見たときに、ヒトを構成する情報はヒトゲノムに集約されているのです。

ヒトゲノムは、DNA=デオキシリボ核酸に刻まれており、DNAはヌクレオチドという構造単位からなります。ヌクレオチドの一部分、塩基と呼ばれる部分構造はバラエティに飛んでおり、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という化合物からなります。これらの並び方は、RNAやタンパク質の構造や機能を決定しています。アデニン、グアニン、シトシン、チミンという、4つの情報単位によって、私達の体はつくられています。日本語で例えると、あ、い、う、えによって、アルファベットで例えると、A、B、C、Dによって体を構成する分子の設計図が書かれているのです。

A、G、C、Tの並びかたそのものに情報が宿っており、これこそが遺伝情報です。遺伝情報の単位が遺伝子であり、遺伝情報のすべてがゲノムということになります。

ですから、ヒトを形作るすべての生物学的な情報を読み解くということは、すなわちヒト細胞に含まれているヒトゲノムの本体であるDNAのA、G、C、Tの並びを読み解くということに言い換える事ができます。

問題は、ヒトゲノムの長さです。ヒトゲノムは約30億塩基対から構成されています。

つまり、30億個連なった分子を読み解く作業が必要になるのです。分子なので、当然肉眼では見れませんし、実験によって求めていく必要があります。

そこから何やかんやありまして、ヒトのゲノムは2003年に解読完了しました。この13年の間に、し烈な研究の競争があったのは言うまでも有りません。ヒトゲノム計画について理解できるエピソードはプレイリストにまとめているので、是非聴いてみてください。 

https://open.spotify.com/playlist/0doAyC74kM8XAH4LeEn3T2?si=d9f0dd0f210d4bd4

研究競争は新たな技術の芽を産みます。そこで登場するのが次世代シーケンサーという概念です。より早く、A、G、C、Tの並び=塩基配列を読みたいという要求が生まれてくるのです。

そこで、1度サンプルのDNAを断片化して、短くなったものを同時に呼んでいくという並列化の考え方が導入されます。超並列化された塩基配列の決定=シーケンシングを行うのは、次世代シーケンサーの中でも第2世代に分類されるシーケンサー=塩基配列の決定器です。

これによって、たくさんのゲノムをより早く読むことができる様になりました。速く塩基配列を読む手段を手に入れた科学者は、カオスなゲノムの世界を読み解くチャレンジを行います。例えば、腸内細菌叢です。

腸内細菌叢には、無数の腸内細菌が共存しています。つまり、異なる生物に由来するゲノムが共存しているのです。メタゲノムとは、環境中に含まれる全遺伝情報を表した概念です。ゲノムと比較して、様々な生物に由来する遺伝情報が、メタゲノムには含まれていることになります。無論、腸内細菌叢の研究でも、メタゲノムを取り扱っていくことになります。

ではどのようにしてメタゲノムを対象に研究するのでしょうか。

ざっくりとした実験手順は次の通りです。

  • 腸内細菌叢が含まれている便サンプルを採取する。
  • 便サンプルに含まれている細菌の細胞壁を壊す。:酵素やビーズなど。
  • DNAの抽出を行う。
  • DNAの断片化を行う。
  • 断片化されたDNAにアダプターの結合を行う。
  • シーケンシングを行う。

シーケンシングの以後は、コンピューター上での解析になります。

  • シーケンシングより得られた読み取り配列のクオリティをチェック&フィルタリング
  • 以降は研究によりけり。

ということで、実験手順でも分かる通り、すべての生物のDNAを抽出して、まぜこぜに読み取ります。したがって、各生物ごとに塩基配列を分ける操作は基本的にはコンピューター上で行うことになるので、フィルタリングなどの過程で失われてしまう情報もあります。また、細菌の株レベルでの解析を行う場合には、株間の遺伝情報の違いが非常に少ないことから、限界点もあります。

メタゲノムを対象にした腸内細菌叢の解析は、網羅的に、高速にデータを得ることができる一方で、失われてしまう情報があることもおわかり頂けたかと思います。

細胞レベルでの腸内細菌の解析

メタゲノム解析では、細菌細胞ごとの情報はまぜこぜになって読み取られるので、コンピューター上で再度細菌の分類ごとに情報を分ける必要があるという課題をお話してきました。

そこで、実験サイドのDNAサンプルの調製とシーケンシングを、細胞レベルで行うことは出来ないのでしょうか。近年、マイクロ流路という、小さい体積の流れを扱う構造を応用することにより、細菌細胞ごとの解析を行う技術が出てきました。

今回は、Science誌に2022年掲載の"High-throughput, single-microbe genomics with strain resolution, applied to a human gut microbiome"という研究から、Microbe-seqという技術についてお話します。この研究は、ハーバード大学、ケンブリッジ大学、マサチューセッツ工科大学、浙江大学の共同研究です。

Microbe-seqでは、マイクロ流路によって小さな液滴を作り出し、液滴に細菌1細胞を閉じ込めることで、細胞ごとの解析を可能にします。具体的なワークフローは次の通りです。

  • 便サンプルを収集する。
  • 1細菌ごとにDroplet:液滴に封入し、細胞の破壊を行う。
  • Dropletに対して電場をかけて、全ゲノム増幅に必要な別試薬を別のDropletを結合することで入れ、DNAの増幅を行う。
  • Dropletに対してDNAの断片化、アダプターの付加に必要な試薬が入ったDropletをマージする。DNAの断片化、アダプターの付加を行う。
  • Dropletに対してバーコード配列を付加するビーズを加え、バーコード配列を付加する。
  • Dropletを壊し、アダプターを加えてシーケンシングする

大まかには、液滴の中に細菌1細胞を閉じ込めて、そこにシーケンシングに必要な試薬と、液滴を識別できるようなバーコード配列などを入れる操作になります。Dropletは最終的に1つにしてからシーケンシングを行うのですが、読み取り配列には各液滴を識別できるバーコード配列が含まれているので、容易に細胞ごとの情報に分けることができるのです。

ここで重要なのが、腸内細菌叢に対するMicrobe-seqの網羅性です。同一の便サンプルから取得されたメタゲノムの解析結果に遜色のない細菌の種類が、Microbe-seqでは取得されています。また、一部の細菌については単離培養して得られた全ゲノムと同等のゲノムを、Microbe-seqから得られた読み取り配列によって再構築可能と言うことです。培養に依存しなくとも、完全長に近いゲノムが得られる様になってきているのは、技術の進歩を感じます。

一方で、Microbe-seqには課題もあり、1つの液滴の中で増幅されるDNAには限度があり、1つの液滴から1つの細菌細胞のゲノムを構築するには至っていません。この研究では、複数の液滴に由来するリードをひとまとめにしてゲノムを再構築する(コアセンブルの)手法を取っています。また、グラム陽性細菌やグラム陽性細菌といった細胞壁構造が違う細菌では、ゲノム再構成の性質が変化します。これは、酵素によって細菌を溶菌する手法の限界点を示しています。

このように限界点もありますが、培養に依存しないシーケンシングの技術として新しい選択肢が生まれるのは、研究者にとっては嬉しいことです。

参考文献

Zheng, W., Zhao, S., Yin, Y., Zhang, H., Needham, D. M., Evans, E. D., Dai, C. L., Lu, P. J., Alm, E. J., & Weitz, D. A. (2022). High-throughput, single-microbe genomics with strain resolution, applied to a human gut microbiome. Science (New York, N.Y.), 376(6597), eabm1483. https://doi.org/10.1126/science.abm1483

おわりに

腸内細菌叢を解析する手法の選択肢として、細胞レベルで腸内細菌叢のシーケンシングを行う技術であるMicrobe-seq。今後の改良と普及に期待します。マイクロ流路を用いたDNAライブラリの調製技術は、今回のチームの他にも、Atrandi BIOSCIENCES社、bitBiome社などが開発に取り組んでおり、コンセプト自体は非常に期待を集めているといえるでしょう。

今後の腸内細菌叢とヒトの健康や疾患の関係を明らかにする研究では、細胞レベル、株レベルでの解析が重要です。細菌種レベルでは株間の遺伝子機能の多様性を説明するための粒度が足りず、限定的な結論しか見いだせないためです。だからこそ、マイクロ流路を用いた腸内細菌叢の解析は、楽しみな分野です。

本エピソードでは、従来の腸内細菌叢の解析の仕方から、新興のMicrobe-seqという技術をもとに細胞レベルでの腸内細菌の解析についてお話しました。面白いと思ったら是非、フォロー、高評価をお待ちしております。

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

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