毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。
まずはちょっとしたお知らせです。ポッドキャストの入りの部分を"毎日夜19:30"から"毎週金曜日19:30"に、ようやく変更しました!実は前回からアップデートしていたんですけれど、気づきましたか?ズボラでした。
今回のエピソードは、先週とはうってかわって専門性の高い内容をお話します。タイトルも、一般には全く受けなさそうな、長いものになってしまいました。どうしても、最近読んだ論文でとっても面白い研究成果が掲載されていて、ここで紹介したかったのです。
少しずつでも良いので、最後まで聴いていただけると嬉しいです。
今回のエピソードのキーワードは、大腸がん、腸内細菌、エピジェネティクスです!
大腸がんは大腸に生じる多段階の遺伝子変異を伴うがん、腸内細菌はあなたの腸の中にもいる無数の細菌ですね。では、エピジェネティクスとは何でしょうか?まずはこのあたりから詳しくお話をしていきます。
腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!
エピジェネティクスとは何でしょうか。エピジェネティクスとは、"ゲノムのもつ情報は変わらずに、DNAの外側に化学的な修飾が加わることで遺伝子機能が制御されることを研究する"学問です。説明が長いので、短く分けてお話します。
まず、"ゲノムのもつ情報は変わらずに"とはどういうことでしょうか?何らかの要因によって遺伝子変異が入る場合を除き、基本的に私達の体を作るために必要な遺伝情報のすべて=ゲノムは変化しません。むしろ簡単には変化しないようになっています。DNAが二重らせん構造を取ることによって、片方のDNAの鎖からもう片方のDNAの鎖の情報を復元することが出来たりします。RNAを構成するリボースと比較して、DNAを構成する酸素原子が1つないデオキシリボースは安定です。ゲノムを記録している物質的な基盤であるDNAが安定的に存在するので、ここからRNAやタンパク質が安定的に供給され、生命活動が営まれていくのです。つまり、ここまではある種、当たり前のことを言っています。
では、後半の"DNAの外側に化学的な修飾が加わることで遺伝子機能が制御される"とはどういうことでしょうか。通常、遺伝情報はDNAの塩基配列に記録されています。しかし、DNAのヌクレオチドそのものに対して、また染色体を作る上で重要なDNAが巻き付くヒストンタンパク質に対して化学的な修飾がされることで、情報が記録されることがあります。このように、実はDNAの塩基配列の外側にも情報が記録されることで遺伝子機能が制御されることがあります。
どのように制御されているかについてざっくりお話すると、DNAに対して化学的な修飾が入ることで、DNAの高次構造が変化して、転写活性が変化するというものです。
では、腸内細菌がヒトのエピジェネティクスの機能にどのような役割を果たすのでしょうか。例えば、腸内細菌の産生する酪酸が、エピジェネティクス制御に関連する酵素の活性を変化させることで、影響を与えるという研究があります。
より詳しくは、ポッドキャストのプレイリストにまとめているので、エピジェネティクスと腸内細菌のお話を聴いてみてください。
Spotify:エピジェネティクスのプレイリスト:https://open.spotify.com/playlist/7o2CFDglsRT1lD1q8E3U9p
エピジェネティクスと腸内細菌の関係で知られていることは限定的です。しかし、大腸がん、腸内細菌、エピジェネティクスについての研究成果が発表されました。
今回のエピソードにてご紹介するのは、2023年10月16日にGut Microbesへ掲載された、"Parvimonas micra, an oral pathobiont associated with colorectal cancer, epigenetically reprograms human colonocytes"という論文です。
この研究で登場する腸内細菌は、タイトルにもあるParvimonas micraです。Parvimonas micraは、グラム陽性細菌であり、酸素が生育を阻害する嫌気性の球菌です。歯周炎に関連する他、体の様々な深部組織における感染が報告される、病原性細菌の一種でもあります。
先行研究では、P. micraが大腸がん関連菌であると指摘されています。F. nucleatumが口腔常在菌であり大腸がん関連細菌であるように、P. micraも口腔常在菌であり大腸がん関連細菌なのです。このような口腔環境と腸内環境の関係は、近年のホットな研究分野です。
ある腸内細菌が大腸がんと関係するということは様々な研究で述べられています。しかし、腸内細菌が大腸がんの発がんや進行の原因になるといった、相関関係から踏み込んで因果に迫っている研究は限定的です。
この研究では、P. micraが大腸の上皮細胞に対してのエピジェネティックな制御に関係することが示されています。研究の概要を大まかにお話していきます。
まず調査したのはP. micraの多様性です。過去にヒトの血液、口腔、全身から単離されたP. micra 27株についての機能を調査しました。すると、赤血球を壊す溶血活性、細菌の集まり具合=凝集性についてP. micraの株によって異なることが分かりました。系統樹を調べると、大きく2つに系統が分岐しており、溶血活性があり非凝集性の多くはP. micraはPhylotypeA、溶血活性がなく凝集性のP. micraの多くはPhylotypeBに分類されることが分かりました。
続いて、PhylotypeA、PhylotypeBからそれぞれPmA、PmBという代表株を1株ずつ使って、ヒトの細胞外に存在するタンパク質、大腸の細胞に対する接着を評価しました。接着は病原性の指標になり、接着をすることで宿主に影響を与えたりします。実験の結果、PhylotypeBに属するPmBと比較して、PhylotypeAに属するPmAではヒトの大腸細胞や細胞外タンパク質によく接着することが分かりました。株レベルで見てくると、ヒトに与える影響がPmA、PmBで異なることが考えられます。
更に、大腸がん患者、大腸がんの前がん病変である腺腫患者、そして健康な方の便サンプル、腫瘍サンプル中にはPmA、PmBが検出されるのかを観ていきます。すると、PmAについて大腸がんとの関係があることが分かりました。
ここで腸内細菌とエピジェネティクスの解析が登場します。DNAメチル化の指標となる累積メチル化指数による大腸がん患者の分類を行うと、累積メチル化指数陽性群では陰性群と比較して、PmAの存在量が高いことが示されています。
更に、P. micraと大腸の細胞を共培養するシステムを構築して、遺伝子発現量への影響やエピジェネティクスへの影響について評価していきました。"P. micraと大腸の細胞を共培養するシステムを構築"という部分だけで、かなりすごいことをやっているのですが詳細には立ち入りません。
解析の結果としては、PmAが存在することで生じる遺伝子のメチル化領域は、発がん、特にEMTプロセスや細胞骨格の再構成に関連する領域であることが示されました。また、転写産物の解析でも、がんに関連する遺伝子の転写量が変動していることが示されました。これは、PmAが、エピジェネティックな機構を介して、発がん制御因子を含む一連の遺伝子の発現量を変化させることを示しています。
この論文の気持ちを要約すると、こんな感じです。
より詳細について気になる方は、原著論文をチェックしてみてください。
Bergsten E, Mestivier D, Donnadieu F, et al. Parvimonas micra, an oral pathobiont associated with colorectal cancer, epigenetically reprograms human colonocytes. Gut Microbes. 2023;15(2):2265138. doi:10.1080/19490976.2023.2265138
今回のエピソードでは、エピジェネティクスと腸内細菌の関係について概要をお話し、最新の研究成果をご紹介しました。このエピソード通して、ヒトと腸内細菌は、様々な経路で影響を及ぼし合っており、ヒトの遺伝子の直接的な変異だけではなく、遺伝子の外側にあるDNAの修飾状態にも関係するということをお伝えしたかったです。腸内細菌とヒトの関係は、幅広く、奥深く、健康や疾患の観点で深く繋がっていることが伝わっていたら嬉しいです。
今回ご紹介した研究では、P. micraがどのようにエピジェネティックな制御に介入しているかについて、対象の領域については見えてきましたが、どのように調節しているかについては見えていません。続報に期待ですね。
告知ですが、先週に科学系ポッドキャスターの合同番組"サイエンスディスカバリー"にて腸内細菌相談室の回がアップされたので、聴いていない方は是非!
サイエンスディスカバリーの腸内細菌相談室回:https://open.spotify.com/episode/2rgg25HbA4H7zmP0FDKKzW?si=QmH1lFMESZSaqwa6ct4Y0g
そして、今年の12月に東京の下北沢で行われるポッドキャストイベントにお邪魔する予定なので、詳しく決まったらまたお知らせします。
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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。
それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!