#374 CRISPR領域を用いた腸内細菌株の識別

更新日: 2023/11/03

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#374_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

今回のエピソードでは、新しく確立された腸内細菌の株レベルでの識別手法についてお話します。腸内細菌の株レベルでの識別は、腸内細菌研究の従来法の課題であり、1つの目標でもあります。腸内細菌は株レベルでもつ機能が異なります。したがって、腸内細菌がヒトの体の中で何をしているのか捉えるには、株レベルでの解析が不可欠であり、基礎研究でも応用研究でも重要です。しかし、次世代シーケンサーを用いた方法では多くの場合株レベルでの解析をするにはデータの量が不十分ですし、実験を行うにも多くのコストを必要とします。

そんな課題に対して、CRISPR領域を利用することで腸内細菌の株レベルでの識別を可能にした研究が出てきたのでご紹介します。

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

細菌と外来DNAとCRISPR領域

今回重要になるのはCRISPR領域と呼ばれる、細菌ゲノム上の特定の塩基配列です。この塩基配列には、どのような機能が記されているのでしょうか。答えは、外来DNAからの細菌、古細菌の防御です。

外来DNAの代表例は、バクテリオファージにより細菌の細胞内に侵入するDNAです。侵入したDNAは、細菌のDNAに組み込まれることで、細菌の増殖がファージの増殖に繋がり、最終的には細菌が溶かされる運命になります。細菌、古細菌に対しての外来DNAは脅威です。

そこで、CRISPR領域には外来のDNAが組み込まれることで、外来DNAが侵入した際に備える仕組みがあります。CRISPR領域に外来DNAの断片が挿入されることで、次回に外来DNAが侵入した時に、CRISPR領域に存在する外来DNAの配列が転写され、Casタンパク質と複合体を形成し、外来DNAを切断します。

私達ヒトには免疫系が存在することで、外来の物質に対する防御機構が備わっています。CRISPR領域とCas遺伝子の組み合わせで発現するCRISPR-Casシステムは、細菌にとっての免疫機能の役割を果たすのです。

先行研究によると、細菌の50%、古細菌の90%にCRISPR-Casシステムが存在します。また、侵入した外来DNAが組み込まれていることから、細菌株によって異なる配列、長さのCRISPR領域が形成されます。

つまり、細菌のCRISPR領域をターゲットにすれば、細菌の株レベルの識別、特に塩基配列に基づいた識別=ジェノタイピングを行うことができる、というのが今回紹介する研究の根底となる考え方です。

Fusobacterium nucleatumの株レベルの識別

今回紹介する研究は、2023年10月11日にMicrobiology Spectrumに掲載の"Strain-level detection of Fusobacterium nucleatum in colorectal cancer specimens by targeting the CRISPR–Cas region"です。本研究は、日本からの研究であり、横浜市立大、協同乳業、理化学研究所の共同研究です。

タイトルを和訳すると、"CRISPR-Cas領域をターゲットとした、大腸がん試料中のF. nucleatumの株レベルの検出"となります。

F. nucleatumについては、腸内細菌相談室では何度も取り上げてきたので、いつも訪れてくださっている方であれば、説明は要らないかも知れません。簡単に説明しておくと、この細菌は口腔常在菌であり、大腸がんに関連することが指摘されており、F. nucleatumの株ごとに機能が異なることが先行研究で報告されています。したがって、F. nucleatumのどの株が大腸がんに対して影響を与えているかというのが、重要な観点になります。しかし、先述のように株レベルでの腸内細菌の識別には、技術的な課題が有り、コストも高いです。

本研究グループは、以前"Abbitrarily primed polymerase chain reaction: AP-PCR"という手法を用いることで、F. nucleatumの菌株レベルの解析をしています。本手法のデメリットとしては分離株に対してしか実行できないので、結局培養に依存した=高コストな手法となってしまいます。

本研究ではこの課題を克服するため、培養をせずに株レベルでのF. nucleatumの解析をすることを目指しました。ここで利用するのがF. nucleatumのゲノムにあるCRISPR領域です。公開データベースにあるF. nucleatumのゲノムを見ると、位置や長さのことなるCRISPR領域が合計4種類存在することがわかりました。そこで、この領域を増幅できるPCRプライマーを構築することで、培養せずに検体中のF. nucleatumを株レベルで検出します。ここで、PCRを行う際には、CRISPR領域の増幅をより確実にするために、ネステッドPCRという二段階のPCRを行います。PCR産物を電気泳動にかけることで、長さと領域の異なるPCR産物に分離することで、複数のF. nucleatum株を検出することができました。

研究結果をピックアップすると、次のようになります。

  1. 全ゲノム解析より、大腸がん組織サンプル、唾液からF. nucleatumの同一株が存在することが確認された。
  2. 今回開発したPCR手法によって、F. nucleatumのCRISPR領域が増幅されていた。
  3. 唾液サンプルの解析では、単離培養されていなかったF. nucleatum株が確認された。
  4. 3ヶ月間の口腔ケアによって、一部のF. nucleatum株が減少した。

限界点としては、CRISPR領域を持たないF. nucleatumが検出されないことや、長さが類似のPCRアンプリコンについての判断が難しい点、定量性が低い点にあるとしています。

優位性は、塩基配列の増幅に依存する手法のため凍結保存された検体でもF. nucleatum株の同定が可能であること、培養に依存しないので低コストで再現性高く結果を得られることにあるとしています。

原著論文は下記リンクから御覧ください。

参考文献

リンク:https://journals.asm.org/doi/10.1128/spectrum.05123-22

Shimomura, Yumi et al. “Strain-level detection of Fusobacterium nucleatum in colorectal cancer specimens by targeting the CRISPR-Cas region.” Microbiology spectrum, e0512322. 11 Oct. 2023, doi:10.1128/spectrum.05123-22

おわりに

今回紹介した研究では、細菌の防御機構としてのCRISPR-Casシステムに着目し、大腸がん関連細菌であるF. nucleatumの株レベルでの識別を行いました。

技術としてはCRISPR領域を用いることは株レベルの解析に有望であることが示されました。また、今回得られた知見としては、口腔環境と腸内環境ではやはりF. nucleatumは共通した株を持つこと、口腔ケアにより一部のF. nucleatumを減少させられること、培養法では捉えきれていないF. nucleatumが存在することなどが示されました。

F. nucleatumは株レベルでよく研究されている大腸がん関連細菌です。今後、F. nucleatumに追随して、他の腸内細菌についても株レベルの解析の続報が発表されることが期待されます。

また一つ、口の細菌が腸内に存在する証拠が揃いました。なおさら口腔環境が腸内環境にとって大事になりそうですね。

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

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