#378 ナノ細孔から覗く塩基配列の世界。

更新日: 2023/12/01

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#378_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

今回のエピソードでは、塩基配列の決定に関する技術のお話です。塩基配列とは、生物の遺伝情報が記録された塩基と呼ばれる物質の並びになります。塩基配列には、遺伝情報が記載されており、様々なタンパク質などの情報を含みます。塩基配列を読むことで、サンプル中に、どのような遺伝子機能を持った何の生物が存在するのかを決定する事ができます。どの生物も共通して、塩基配列を増殖や繁殖に利用しています。だからこそ、塩基配列に基づく手法は、生物の関与する様々な場面に利用されます。例えば、感染性細菌の調査や遺伝子検査、犯罪捜査などに塩基配列の情報を利用する事ができます。

塩基配列の決定をシーケンシングと呼びますが、シーケンシング自体は1977年からできるようになっています。問題は、コスト、速度、精度です。一般的に生物を構成する塩基配列は膨大な情報量です。したがって、例えば1秒に1塩基を読む程度の速度では、ヒトの塩基配列の全貌=ヒトゲノムを読むのに30億秒、大体95年かかってしまいます (単純計算です)。ヒトゲノム計画では、様々な工夫と莫大な資源を投下して、13年で読み終えました。ヒトゲノム計画以後、様々なゲノムに対する関心が生まれ、それに伴ってシーケンシング技術の持続的な開発が行われるようになりました。

今回は、シーケンシング技術の中でもユニークな、ナノポアシーケンシングについてお話します。

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

シーケンシングの世代

シーケンシング技術には、様々な種類が存在します。1977年に生まれた手法は、開発者のフレデリック・サンガーの名を冠してサンガー法と呼ばれます。

サンガー法と対比して、超並列的にシーケンシングを可能にした塩基配列決定機のことを、次世代シーケンサーと呼びます。今日の腸内細菌叢研究の多くは、次世代シーケンサーなしでは語れません。

整理すると、シーケンシングは塩基配列を決定する操作、シーケンサーは塩基配列を決定する機械になります。

シーケンシングには種類があります。ショットガンメタゲノムシーケンシングや16S rRNAアンプリコンシーケンシング、PacBio社のロングリードシーケンシングや、今回紹介するOxford Nanopore Technologies社のナノポアシーケンシングです。

ショットガンメタゲノムシーケンシングや16S rRNAアンプリコンシーケンシングで用いるシーケンサーは第2世代、PacBio社のロングリードシーケンシングや、Oxford Nanopore Technologies社のナノポアシーケンシングで用いるシーケンサーは第3世代に位置づけられます。第2世代は、基本的に短い塩基配列を精度良く読む仕組みを備えています。これに対して、第3世代では第2世代に対して長い塩基配列を読むのに適しています。

第2世代のシーケンサーに使われる技術については、過去にもお話しているので、気になる方はプレイリストからチェックしてみてください。

次世代シーケンサー入門:https://open.spotify.com/playlist/0doAyC74kM8XAH4LeEn3T2?si=4274e6fa79974b48

では、第3世代のナノポアシーケンシングとはどのような技術なのでしょうか。

針穴に糸を通すように

ナノポアシーケンシング技術のイメージとしては、針穴に糸を通すように、ナノ細孔にDNAなどの核酸を通すことで、核酸の塩基配列を読み解きます。

今回は、2021年にNature Biotechnologyへ掲載の"Nanopore sequencing technology, bioinformatics and applications"から、ナノポアシーケンシング技術について解説します。

ナノポアシーケンシング技術で重要なのは、ナノ細孔(ナノポア)を形成するタンパク質と、DNAの螺旋構造を解いてナノ細孔に送り込むモータータンパク質です。針穴に糸を通す場面に照らし合わせると、針穴がナノ細孔、糸が核酸、糸を持つ手がモータータンパク質になります。ナノ細孔は、文字通りナノメートルオーダーの孔を指します。孔を英語でporeと呼ぶので、ナノポアシーケンシングです。

ナノ細孔を構成するタンパク質は電気耐性のあるポリマーの膜に埋め込まれています。ナノ細孔が埋め込まれたポリマーの膜を基板にとりつけ電解質溶液に浸し、電圧を印加することで、基板の一面を負電荷、反対側を正電荷に帯電させることができます。

ここで、DNAやRNAは核酸と呼ぶように酸の一種です。酸は、水素イオンを放出する物質です。水素イオンは正に帯電しているので、水素原子に元々属していた電子は、核酸の分子骨格に残ることになります。ですから、核酸分子自体は負に帯電しています。

ここで、基板の負電荷の方に負電荷の核酸分子を漂わせると、孔を通って基板の反対側=正電荷に移動させることができます。電圧を加えることで、核酸分子を孔に通すことができるのです。孔を通すことで、どのようにして塩基配列を決定することができるのでしょうか。それは、イオン電流の遮断を計測する方法です。

ナノ細孔は電圧を印加した電解質溶液に存在します。負に帯電した核酸と同様に、電解質溶液中のイオンもまた、ナノ細孔を通ります。イオンは帯電した原子です。帯電した粒子が移動することで電流となります。例えば、電流は電子という帯電した素粒子の移動です。つまり、ナノ細孔には通常イオン電流が流れています。そこに、イオンと比較して大きな分子である核酸分子が通ると、イオンの流れが遮断されます。これによってイオン電流が変化します。また、ナノ細孔を通過する塩基 (A, T, G, C)によってもイオン電流が変化します。このイオン電流の変化を定量化することで、ナノ細孔を通過している塩基の種類をリアルタイムで検出することが可能になるのです。

しかし、これだけでは不十分です。DNAの場合は2重らせん構造を形成しているので、塩基配列を読むには1本鎖にする必要があります。また、電圧を印加するだけでは、核酸分子がナノ細孔を即座に移動してしまいます。そこで登場するのがモータータンパク質です。

モータータンパク質は、DNAの2重らせん構造を1本鎖に開裂させるヘリカーゼ活性と、一本鎖の核酸が移動する速度を調節する役割を果たします。モータータンパク質は、ナノ細孔に結合して存在します。

これがナノポアシーケンシングの手法です。ナノポアシーケンシングの手法を使ったOxford Nanopore Technologiesのシーケンサーは、MinION (ミナイオン)、GridION (グリダイオン)、PromethION (プロミスィオン)です。MinIONから順にお手頃で、MinIONはなんと10万円程度のシーケンサーです。

Oxford Nanopore Technologiesは2012年2月にMinIONを発表し、2015年に商品化しました。以降、GridION、PromethIONも発売しています。継続的にナノ細孔とモータータンパク質の改良を行っていて、2014年から6年間で8つのバージョンを発表しています。

最後にナノポアシーケンシングの強みについてです。ナノポアシーケンシングは、長い塩基配列の読み取り結果を得ることができます。第2世代のシーケンサーではショートリードが、第3世代のシーケンサーではロングリードが得られると考えて良いです。どれくらい長いのかというと、ショートリードでは数百塩基の塩基配列の読み取り結果、ロングリードでは数万から最大で数百万の塩基配列の読み取り結果を得られます。論文をみて驚いたのですが、最大の長さでは227万塩基対が読まれていていて、もはや細菌1ゲノムくらいの長さです。

また、他のシーケンシング手法では塩基配列の並びを蛍光シグナルとして読み取るのにたいして、ナノポアシーケンシングではナノ細孔を通る核酸による電気的なシグナルを読み取るという点でもユニークです。

以上、ナノポアシーケンシングの概要についてお届けしました。

参考文献

Wang, Yunhao et al. “Nanopore sequencing technology, bioinformatics and applications.” Nature biotechnology vol. 39,11 (2021): 1348-1365. doi:10.1038/s41587-021-01108-x

おわりに

今回は、Oxford Nanopore Technologies社のナノポアシーケンシングについてお話しました。

針孔に糸を通すというとイメージしやすいですが、難易度は格段に違います。なんせナノメートルの孔に、ナノメートルの分子を通すので、細かいというレベルのお話ではありません。

そして、洗練されたナノポアシーケンシングが実装されたMinIONを10万円程度で買えるのも魅力です。通常のシーケンサーは、数千万円から1億円以上の価格帯なので、MinIONは破格です。また、ロングリードを読めるということは、未知の細菌の塩基配列を決定する上でとっても大切なことなので、ナノポアシーケンシングは研究上重要な知見をもたらしてくれます。

いかがだったでしょうか。生活からはかなり遠いお話になってしまいましたが、塩基配列を決定する方法は色々有るんだな〜、という認識を持って頂けると嬉しいです。

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

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