毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。
今回のエピソードでは、日常に潜む腸内細菌の役割を明らかにした研究をご紹介します。その研究とは、一部の腸内細菌が便や尿の色を決めている分子の代謝に関連するというもので、最近Xでも話題になっていました。腸内細菌相談室では、以前に便の色はどこからくるのかというエピソードをお話していましたが、このエピソードの続報といったところでしょうか。研究デザインも含めてかなり綺麗な研究だったので、ぜひ楽しんでいってください!
腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!
では本編です。
まずは"便と尿の色はどこからくる?"という疑問に答えます。実は、この疑問については#38と#39の"便が茶色く尿が黄色い。腸内細菌とグルクロン酸抱合の化学"というエピソードにて答えていました。もう一年以上も前のエピソードなので、聴いていない方、聴いても覚えていない方が多いかもしれません。ここではざっくりとおさらいしていきます。
便の色も尿の色も、ある色素によって色付けされています。便と尿の色が違う通り、色素の種類は異なりますが、由来となる分子は実は同じです。それはヘモグロビンです。ヘモグロビンは、ヘムという分子とグロビンというタンパク質が結合してできています。ヘムはポルフィリン錯体と呼ばれる環状の分子の一種で、鉄イオンを取り囲んでいます。ヘムから鉄イオンが失われ、環状構造を失った分子はビリベルジンといいます。
赤血球の分解の過程で、酸素を運搬する役割のあるヘモグロビンが分解されてビリベルジンができるのです。
ビリベルジンは、還元酵素の働きを受けることでビリルビンとなります。脾臓に存在するビリルビンは血中のタンパク質、アルブミンの助けを経て血中を移動します。やがて、アルブミンに結合したビリルビンは肝臓にたどり着きます。
肝臓では、ビリルビンがグルクロン酸抱合と呼ばれる代謝が行われます。抱合を受けたビリルビンの抱合ビリルビンは腸内環境へ胆管を経て放出されます。抱合ビリルビンは、腸内細菌による脱抱合を受けてもとの状態に戻ります。腸管に吸収され肝臓に戻ることで腸肝循環が行われるか、あるいは腸内細菌による代謝を受けて別の化合物に変化します。
ここで、腸内細菌の働きによりビリルビンからウロビリノーゲンという化合物になることが、便、尿の着色において非常に重要になります。ウロビリノーゲンが還元されることでステルコビリノーゲンに、ステルコビリノーゲンが酸化されることで、便の色であるステルコビリン(茶色)になります。また、ウロビリノーゲンが腸管での吸収を経て血中、腎臓へ向かい、ウロビリンになることで尿の黄色となります。
今回注目するのは、ウロビリンやステルコビリン合成で要となる、ビリルビンからウロビリノーゲンへの還元反応です。
より詳しい"便と尿の色の旅"については、#38、#39をお聴きください!記事、Spotify、Apple Podcastのリンクを掲載しておきます。
ビリルビンからウロビリノーゲンへの還元反応を腸内細菌が担っていることは、過去にも知られていました。しかし、どのような代謝反応で、酵素で、この還元反応を行うかについては、未だ知られていなかったのです。2024年1月3日、Nature Microbiologyに"BilR is a gut microbial enzyme that reduces bilirubin to urobilinogen"という論文が発表されました。この研究では、ビリルビンをウロビリノーゲンに還元する酵素を突き止めています。
まずは、ビリルビン還元酵素の同定を行います。やり方は、ウロビリノーゲンの検出系の確立と比較ゲノム、機能調査です。ウロビリノーゲンは不安定化合物なので測定が難しいです。ここでは、ヨウ素による酸化反応を利用して、ウロビリノーゲンをウロビリンとステルコビリンに酸化して安定化します。また、ウロビリン、ステルコビリンは蛍光を示すのに対してビリルビンは示さないことから、ビリルビンが存在することが分かっている系においてはウロビリノーゲンへの代謝が起こったか否かを、ヨウ素による酸化反応+蛍光で検出することができます。ビルビリン還元酵素活性の検出系を用いて、腸内細菌の機能を調査したところ、Clostridioides difficileやRuminococcus gnavusなどの腸内細菌にビルビリン還元酵素活性が確認されました。
続いて、ビリルビン還元酵素活性があると推定された腸内細菌5種類と無い腸内細菌5種類のゲノムにある遺伝子機能を比較します。解析の結果、10種類の腸内細菌から389の推定酸化還元酵素の遺伝子が確認されました。この中で、ビリルビンをウロビリノーゲンに還元する候補となる遺伝子を調査したところ、2,4-ジエノイル-CoA還元酵素と相同性がある、データベースには機能情報がない酵素でした。この配列を、大腸菌に導入して酵素を作らせたところ、ビリルビンをウロビリノーゲンへ還元する機能が確認され、たしかにヒットした遺伝子がビリルビン還元酵素をコードしていることが確認されました。
更に、推定ビリルビン還元酵素と相同であった2,4-ジエノイル-CoA還元酵素と構造を比較したところ、酵素活性の推定部位が示されました。この部位に変異を入れたところ、たしかにビリルビン還元活性の有意な低下が確認されました。
BilRはどうやらビリルビン還元酵素をコードする遺伝子と考えて良さそうです。では、この遺伝子をもつ細菌を調査したところ、同種の細菌でもビリルビン還元酵素遺伝子をもつ場合と持たない場合があることが確認されました。Roseburia intestinalis、Roseburia inulinivorans、Faecalibacterium prausnitziiなど、ヒト腸内に一般的に存在するとされる腸内細菌にも検出されていました。
先行研究で公開済みの新生児の腸内細菌に関連するメタゲノムデータ中に、ビリルビン還元酵素の遺伝子が含まれるか調査をすると、生後1ヶ月では約70%の新生児にビリルビン還元酵素遺伝子が欠損しているのに対して、 生後1年ではほとんどの幼児に存在するようになっています。
新生児ではよく新生児黄疸を発症します。黄疸とはビリルビンが血中に増加することで皮膚を始め全身が黄色くなる状態です。本研究の観察結果から、新生児腸内にはビリルビン還元酵素をもつ腸内細菌が存在しないことで、ビリルビンのウロビリノーゲンへの還元と代謝が行われず、体内にビリルビンが残存する可能性が示唆されました。ビリルビン還元酵素の遺伝子が少ないという状態は、炎症性腸疾患患者の腸内でも見られているということです。
腸内細菌が、ビリルビン還元を担うことで我々のビリルビン代謝や排出を助けていることを示唆した、興味深い研究でした。
Hall, B., Levy, S., Dufault-Thompson, K. et al. BilR is a gut microbial enzyme that reduces bilirubin to urobilinogen. Nat Microbiol 9, 173–184 (2024). https://doi.org/10.1038/s41564-023-01549-x
いかがでしたか?便や尿という非常に身近な物質の作られ方の一端が、ごく最近まで明らかになっていなかったというのは驚きですね。腸内細菌という身近な生物群集に、まだまだ大発見のチャンスが眠っていると思うと、改めて腸内細菌の研究は面白いなと思いました。本研究では、ウロビリノーゲンのステルコビリノーゲンへの還元については明らかにできていないので、今後の続報に期待ですね。
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