#385 消失する微生物叢仮説。

更新日: 2024/01/19

一覧へ戻る

投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#385_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

Xではすでにお伝えしましたが、今回からコンデンサーマイクに変えてポッドキャストの音声をお届けします。人生初のオーディオインターフェースとコンデンサーマイクということで、楽器屋さんの店員の方に色々相談して購入しました。やっぱり新しいデバイスを買うというのはワクワクしますね。

今回のエピソードでは、"消失する微生物叢仮説"というテーマでお話します。この仮説は、生活様式の近代化に伴い、ヒトに古来から共生してきた微生物叢 (微生物のコミュニティ)が失われていることを提唱しています。今の時代だからこそ、この仮説の警鐘に耳を傾けることが必要だと考えたので、取り上げてみます。このエピソードの内容から、腸内細菌叢の研究が重要であることにも気づくと思います。

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

では本編です。

100年で変わった人々の生活様式

私達の生活様式は、過去100年で劇的に変化しました。大規模な発電と送電、公衆衛生、医療、製造、物流インフラの高度化、大規模化によるところが大きいです。日本においては、清潔な水へいつでもアクセスできますし、寒さや暑さには冷暖房器具で対処できる様になりました。様々な技術革新が相互に影響を及ぼし、今では大規模言語モデルの応用を始めとした、情報利用のインフラもかなり整っています。

100年前の誰しもが、想像できなかった世界が今目の前に広がっています。

では、今目の前に広がっている、けれど見えない小さな世界について考えてみます。

いまから、少し気持ち悪い、かもしれないことを言います。あなたがこのポッドキャストを聴いているデバイスの画面には、きっと沢山の微生物が付着してます。それはあなたの手に沢山の細菌が住んでいるからです。ヒトは、ある側面で見ると、意思を持った培地です。あなたは、微生物にとって住心地が良い環境を提供しています。だから、腸内にも、口腔内にも、肌にも、細菌が存在するのです。もちろん、ヒトに限らず、ペットや、水回りや、野菜や、土にも微生物は沢山存在しています。

この100年で、人々の生活様式は変わりました。では、生活様式の変化に伴って、普段は見えない微生物叢は変化したのでしょうか。100年前のサンプルを採取すれば、今のサンプルと比較できるのですが... 一応できることにはできます。古代DNA (Ancient DNA)と呼ばれるサンプルの採取です。得られるDNAの多くは劣化しており、解析が難しく、また興味のある部位の微生物叢を見ることができるかはサンプルがあるかにかかってきます。

それでも、科学は答えを見出してきました。Nature Geneticsに2013年に掲載の"Sequencing ancient calcified dental plaque shows changes in oral microbiota with dietary shifts of the Neolithic and Industrial revolutions"から興味深い結果が示されています。

歯石サンプルを元に、口腔内の微生物叢の変化を見てみると、7000年前から現在まで、農業の出現とともに微生物の多様性が減少してきたという結果が得られています。特に、虫歯に関連する細菌が優勢になり、多様性が欠如しているのは、産業革命以後のことだと示唆されています。産業革命というトピックに着目すると、近代化の程度は国によって異なります。したがって、異なる国を横断的に研究するというのも、微生物叢の変化について考えるヒントを与えてくれます。

先行研究では、西洋人の微生物叢は非西洋人と比較して、15-30%少ない種類によって構成されているという報告があります。詳しくはBMC Biologyの"The human microbiome in evolution"に記載されています。

確かに、近代化に伴って私達の微生物叢は失われてきているようです。様々な研究を俯瞰してきましたが、これらの結果の多くが出る前、正確には2008-2009年に"消失する微生物叢仮説"は提唱されています。

ここからは、消失する微生物叢仮説を深掘りしていきます。

参考文献

・歯石のマイクロバイオームと微生物叢の多様性:Adler CJ, Dobney K, Weyrich LS, et al. Sequencing ancient calcified dental plaque shows changes in oral microbiota with dietary shifts of the Neolithic and Industrial revolutions. Nat Genet. 2013;45(4):450-455e1. doi:10.1038/ng.2536

・Rob Knightらのレビュー:Davenport, E.R., Sanders, J.G., Song, S.J. et al. The human microbiome in evolution. BMC Biol 15, 127 (2017). https://doi.org/10.1186/s12915-017-0454-7

消失する微生物叢仮説。

消失する微生物叢仮説は、2009年にNature Review Microbiologyへ掲載の"What are the consequences of the disappearing human microbiota?"というレビューにまとめられています。原文では、消失する微生物叢仮説は"The disappearing microbiota hypothesis"として紹介されています。このレビュー論文は、なんだかおしゃれでした。どういうことかというと、アブストラクトにアラビアのことわざとして"The enemy of my enemy is my friend (敵の敵は味方)" という文言を加えたり、"We have also begun to explore the microscopic universe within us. (私達は私達の内なるミクロの宇宙を探索し始めている) "となんだか詩的な表現があったりと、良い意味で論文らしくなかったです。それはさておき...

本論文では、私達の微生物叢とは何か?どのように微生物叢は定着するのか?といった素朴な疑問から、"消失する微生物叢仮説"について論じています。微生物叢が消失する要因は、一言で表現すれば近代化です。近代化とは、清潔な水の利用、帝王切開の増加、早期の抗生物質利用、母乳育児の減少、家族人数の減少、抗生物質使用の普及、入浴、シャワー、抗菌性石鹸使用の増加、水銀-アマルガムによる歯の詰め物の使用の増加などが挙げられています。いずれも、細菌への感染機会が減少し、微生物叢の組成が変化するイベントになりえます。

これだけ考えると、"消失する微生物叢仮説"は"衛生仮説"と同じではないかと感じるかもしれません。衛生仮説とは、環境中に存在する微生物の摂取機会が減少することで、免疫や代謝に異常を来すという提唱です。消失する微生物叢仮説において、衛生仮説はその部分にはなりますが全体にはなり得ません

消失する微生物叢仮説の主張は、祖先に共生していた微生物叢が失われることで、免疫や代謝に異常を来すということです

ここには、環境-ヒト、ヒト-ヒトのような微生物の水平伝播のみならず、微生物の世代間における垂直伝播も考慮に入れます。ある世代において特定の微生物を排除する選択圧がかかると、世代間でその微生物を保有するヒトは稀になります。これは、ある微生物の水平伝播および垂直伝播の機会を奪うことにほかなりません。垂直伝播は確率的な過程に過ぎないので、かならずしも微生物が受け継がれないことも考慮すると、次世代ではある微生物は更に少なくなると考えられます。

近代化によって、微生物の水平伝播、垂直伝播の機会が失われ、本来ヒトに共生していた微生物が失われた結果、肥満や喘息、食道関連疾患が増加していると考えるのが、消失する微生物叢仮説です。

失われた生物の多様性を取り戻すことは難しいです。だからこそ、近代化により変化した生活習慣を、今、すべてのヒトが再考する必要があるのです。そして、目に見えない、複雑で動的な対象だからこそ、先端的な技術を総動員して研究する必要があるのです。

参考文献

Blaser MJ, Falkow S. What are the consequences of the disappearing human microbiota?. Nat Rev Microbiol. 2009;7(12):887-894. doi:10.1038/nrmicro2245

おわりに

今回は2009年に提唱された"消失する微生物叢仮説"を紹介しました。後の研究で、私達の微生物叢の多様性が失われていることが明らかになっています。微生物叢の多様性の中には、遺伝子機能の多様性が含まれており、ここにはヒトにとって有益な情報が隠されていると期待されています。転じて、ヒトにおける微生物叢で最も密度が高い腸内細菌叢が、重要な研究対象であるともいえます。

この問題意識を、こころの片隅に置いてもらえると嬉しいです!

告知:現在、JAPAN PODCAST AWARDSのリスナー投票が開催されています。JAPAN PODCAST AWARDSは、「今、絶対に聴くべきPodcast」「もっと世の中に知られるべきPodcast」を選ぶアワードです。腸内細菌や腸内環境のエビデンスに基づくお話を今後も広めたいので、下記リンクからぜひ投票をお願いします...!!! 作品名と性別、年齢、メールアドレスを回答するだけで参加できちゃいます。

https://ssl.1242.com/aplform/form/aplform.php?fcode=jpa2023_listener

ぜひ、投票をお願いします。

腸内細菌相談室では、番組に対する感想、質問、リクエストを募集しています。X、Instagram、Applepodcast、Spotifyからいつでもご連絡ください!

ではまた、来週のエピソードでお会いしましょう!ばいばーい。

この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

カテゴリー

一覧へ戻る