毎週金曜日、夜19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。
今回のエピソードでは、育児ストレスと腸内細菌叢の関係に注目した、京都大学、大阪大学、サイキンソーの共同研究をご紹介します。腸内細菌叢がヒトの精神的な側面に関係することが注目されています。腸と脳は離れているように見えますが、神経と血流を介して繋がっており、脳腸相関、あるいは腸脳相関と呼ばれたりします。そこで、著者らは育児ストレスの程度により母親を2群に分け、腸内細菌叢の多様性の違いなどを指摘しています。
腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!
それでは本編です。
まず、自分は子育てをしたことがなく、見当違いなことを言ってしまっている場合もありますが、その場合はご指摘頂けると幸いです。
自分の身近な人の出産や子育てを見てきた経験しか無いので、外部の情報を参考にしながらお話していきます。
育児ストレスに対する解像度を深めるために、育児ストレスの原因と解消法について説明している、Pampersの記事を参考にお話していきます。育児ストレスの原因として挙げられているのは、"子供が全く言うことを聞かない"、"自分の時間がない、全く集中できない"、"育児と家事、仕事の両立"、"パパの協力が得られず、ワンオペ状態に"、"一緒に住む同居家族が子育てに口を出してくる"、"いつも子供と一緒で、社会から取り残された感じがある"、というものです。一度でも育児を経験したことがあれば、このどれかを経験することが多いのでは無いでしょうか。
子供が生まれる前後で、生活スタイルは子供中心に一変しますし、初産の場合には初めての事だらけです。
このように考えると、育児ではストレスを感じるものと割り切って考えた上で、どのようにストレスと向き合っていくかが重要な気がします。
今回紹介する論文では、育児ストレスが親の精神疾患、児童虐待リスクを高める主因子として提示されており、特に新型コロナウイルスのパンデミック以降、特に母親が精神疾患に罹患するリスクが急増しているとしています。
先行研究では、精神疾患と腸内細菌叢の間に関係があることが報告されています。そこで、本研究では育児ストレスと母親の腸内細菌叢の関係にフォーカスを当てた観察研究を行いました。
育児ストレスとは?子育てストレスの解消法を教えて!, Pampers, Access: 20240308, URL:
https://www.jp.pampers.com/newborn/tips/article/childcare-stress
本日ご紹介する研究は、2024年2月29日にCommunications Biologyへ掲載の、"Intestinal microbiome and maternal mental health: preventing parental stress and enhancing resilience in mothers"という論文になります。日本語に訳すと、腸内細菌叢と母親のメンタルヘルス:母親における育児ストレスの防止とレジリエンスの増強、という論文名になります。
本研究では、2段階で被験者の募集を行っています。1段階目の研究では、0-4歳の子供を育ている474名の母親を募集し、疾患への治療や抗生物質の投与に関連する除外基準に則り339名から得られた結果を解析しました。339名の集団を育児ストレスの指標、Parental Stress Index(PSI)=221のカットオフ値で二分割し、育児ストレスの観点で健康な274名と過度な育児ストレスを受けている65名の2群比較を行いました。
解析の結果、過度な育児ストレスにさらされている母親の身体状態が悪いことが示されました。身体状態は2022年12月に開発された自己記入型スケール (Multidimensional Physical Scale)により被験者から報告されており、項目としてはホルモン活性や気象病関連の指数に変化が見られています。また、過度な育児ストレスに曝される母親では睡眠の質も低いことが示されています。
続いて、腸内細菌叢の調査についてです。腸内細菌叢の調査は、株式会社サイキンソーの協力のもと、16S rRNA遺伝子のV1V2領域に基づいた解析を行っています。腸内細菌叢の多様性を調査すると、個人の腸内細菌叢の多様性指標であるShannon Indexが、過度な育児ストレス群で低い、つまり腸内細菌叢の多様性が低いことが示されています。相対存在量の有意な差があった細菌属としては、Odoribacter, Alistipes, Erysipelatoclostridium, Lachnospira, Monoglobus, Phascolarctobacterium, Veillonella, Sutterella, and Escherichia-Shigellaが挙げられています。
更に詳細な解析として、初産で産後3-6ヶ月の乳児の母親27名を対象とした、自律神経活動、身体運動機能、唾液中ホルモンの調査、腸内細菌叢の調査として16S rRNA解析およびショットガンメタゲノム解析を行っています。調査の結果、ほとんどの参加者におけるBMIは基準値と同じであった一方で、骨格筋の重量指標SMIは約半数の参加者で低いことが分かりました。値としては、加齢、活動不足、疾患などに関連する骨格筋量が減少したサルコペニアの基準値を下回っていることが示されています。また、運動機能も、同年齢の女性と比較して低いことが示されました。
続いて、相関解析の結果、腸内細菌叢の多様性と迷走神経活動、迷走神経活動と心理的な回復力:レジリエンスの間に正の相関関係が確認されました。迷走神経は、脳と腸を直接つなぐ遠心性、求心性の自律神経です。腸内細菌叢の回帰分析の結果、Blautia SC05B48がレジリエンスと歩行スコアで正の相関関係、Clostridium SY8519がレジリエンスと正の相関関係、オキシトシンと負の相関関係を示すなど細菌系統ごとに様々な傾向が示されています。
本研究での総括として、過度な育児ストレスにさらされている母親の腸内細菌叢の多様性は低く、酪酸産生菌や炎症に関連する細菌と育児ストレスが関連することが示されました。
プレスリリース:https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2024-03-01
原著論文:Matsunaga M, Takeuchi M, Watanabe S, et al. Intestinal microbiome and maternal mental health: preventing parental stress and enhancing resilience in mothers. Commun Biol. 2024;7(1):235. Published 2024 Feb 29. doi:10.1038/s42003-024-05884-5:
https://www.nature.com/articles/s42003-024-05884-5#Sec2
育児ストレスと腸内細菌叢という視点は、斬新だと思いました。今回の研究は横断的研究なので、観察事実や仮説の提示にとどまっています。今後Vitroやvivoの研究や介入研究が行われることで、育児ストレスの原因の一端を腸内細菌叢に求めることができれば、例えばプロバイオティクスやプレバイオティクスの摂取によって産後うつや育児ストレスを緩和するような試みが出てきてもおかしくないと思いました。
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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。