#393 ヒトにはヒトの腸内細菌叢。あなたのエンテロシグネチャーは?

更新日: 2024/03/15

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#393_note

毎週金曜日、夜19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

今回のエピソードでは、"ヒトにはヒトの腸内細菌叢"というお話をします。人間の腸内には成人であれば何兆もの腸内細菌が存在しています。腸内細菌叢は腸内細菌の集合体であることから、構成する腸内細菌によって腸内細菌叢の性質は特徴づけられるといえます。しかし、腸内細菌は何百、何千種類の存在が確認されているので、腸内細菌叢の特徴づけは簡単には行きません。本日は、腸内細菌叢を類型化する研究をご紹介します。

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

それでは本編です。

ヒト腸内細菌叢の類型化

ヒト腸内には、数十、数百種類にも渡る腸内細菌が数兆細胞存在しています。それぞれが固有の代謝経路をもち、ヒトの腸管上皮細胞も含めて相互作用関係を構築しています。つまり、非常に複雑な相互作用が腸内環境には存在していることから、全体的な傾向を把握するのは腸内細菌研究の1つの課題なのです。どのような腸内細菌叢の性質についても定義出来る指標があれば、性別や年齢、疾患との関係をより明瞭に説明できるようになる可能性を秘めています。

どうにかして、腸内細菌叢から得られる多次元データから、何らかの特徴量、指標を抽出したいのです。腸内細菌叢研究の初期から使用されていた指標としては、α多様性やβ多様性が知られています。いずれも、個人内、個人間での腸内細菌叢の多様性を表現しており、直感的にも理解し易いです。

より腸内細菌の種類に焦点を当てた指標としては、Firmicutes/Bacteroidetes比、エンテロタイプなどが存在します。Firmicutes/Bacteroidetes比は、細菌種と比べると上位の細菌分類である門に注目して、細菌の存在量の比を取ることで指標を算出します。Firmicutes/Bacteroidetes比は肥満に関連するバイオマーカーとして言及されており、一方でこの指標と健康状態を結びつけることは困難であるという報告も存在します1)。

エンテロタイプは、ディリクレ多項混合分布モデル(DMM)により腸内細菌叢をクラスタリングすることで、腸内細菌叢において優勢な細菌から Bacteroides, Prevotella, Ruminococcus型に類型化する手法です。腸内細菌叢の取りうる一般的な傾向をつかめる一方で、アルゴリズム的に分割を強要する、別の言い方をすると単一のエンテロタイプで腸内細菌叢が定義できることを仮定している点において、単純化しすぎな側面もあります。

そこで、今回紹介する研究では、エンテロシグネチャーという新しい腸内細菌叢の類型化を試みています。続いては研究の内容に迫ります。

参考文献

1) Magne F, Gotteland M, Gauthier L, et al. The Firmicutes/Bacteroidetes Ratio: A Relevant Marker of Gut Dysbiosis in Obese Patients?. Nutrients. 2020;12(5):1474. Published 2020 May 19. doi:10.3390/nu12051474

エンテロシグネチャーと抗菌剤投与

今回紹介する研究は、2023年にCell Host Microbeへ掲載の、"Enterosignatures define common bacterial guilds in the human gut microbiome"という論文です。邦訳は、エンテロシグネチャーが、ヒト腸内細菌叢における共通の細菌ギルドを定義するというものです。エンテロが腸を意味する接頭辞、 Signatureがサインを意味する英語になります。

本研究では、腸内細菌叢の属レベルでの存在量データを活用して、エンテロシグネチャーを定義します。存在量データとは、例えばAさんの腸内細菌Xが30%、Yが20%、Zが50%存在するようなデータがあり、同様のデータがBさん、Cさん、Dさんにも存在するとします。このデータを並べた行列に対して、非負値行列因子分解という線形代数の手法を用いることで、エンテロシグネチャーの定義を行いました。(難しいですね)

先行研究で得られている5230の糞便メタゲノムデータに対して、非負値行列因子分解の手法を適用することで、Bacterioides、Firmicutes、Prevotella、Bifidobacterium、Escherichiaが優勢なエンテロシグネチャーを発見しました。成人サンプルにおいては、多くの場合複数のエンテロシグネチャーが共存していることが確認された一方で、乳児サンプルについてはBifidobacterium、Escherichiaのエンテロシグネチャーが単独で観察されることが多かったそうです。これは、腸内環境に対して逐次的に腸内細菌が定着している様子を表しています。

興味深いのは、Bacteroides型のエンテロシグネチャーは抗生物質の摂取量と正の相関関係を示したのに対して、 Prevotella型のエンテロシグネチャーは負の相関関係を示していました。Prevotella属は、農産物の豊富な食生活に関連しており、特に農村地域や北西部諸国において増加することが先行研究で報告されています。西洋化された集団とそれ以外の国々を分かつ要因として抗生物質が考えられるかもしれません。Firmicutes型のエンテロシグネチャーは、BMI、薬剤の摂取、血糖値など宿主の健康に関連していることが示唆されました。

Escherichia型のエンテロシグネチャーは、年齢および出生時体重との間に負の相関関係が確認されました。つまり、年齢が増加するごとに、出生時体重が増加するごとにEscherichiaが少なくなるという傾向です。これは、Escherichiaの病原性に関係するという他の研究と調和的な結果と考えられます。

興味深いのは、腸内細菌叢のバランス不全状態(Dysbiosis)をエンテロシグネチャーは検出できた点にあります。エンテロシグネチャーモデルによって説明が出来なかったサンプルが全体の7.5%存在し、このサンプルをエンテロシグネチャー-Atypical (非典型的)として定義しました。エンテロシグネチャー-Atypicalサンプルの均質性は低く、表皮ブドウ球菌、インフルエンザ菌、腸球菌が過剰に存在することが確認されています。また、早産児、帝王切開で生まれた乳児、粉ミルク栄養の乳児については、腸内細菌叢のバランス不全の兆候が確認されました。

よく言及される腸内細菌叢と抗生物質投与についても調査されています。抗生物質を投与されることで、投与後1-5日目にはエンテロシグネチャーモデルへの不適合、Dysbiosisの傾向が確認されました。傾向としては、抗生物質投与後に一時的にDysbiosisになり、Bacteroides型のエンテロシグネチャーに偏る傾向が180日以上に渡って確認されています。Bacteroides型のエンテロシグネチャーの増加に反して、Firmicutes型とPrevotella型のエンテロシグネチャーは減少傾向にありました。

まとめると、新たな腸内細菌叢の類型化であるエンテロシグネチャーにより、抗生物質と腸内細菌叢、乳幼児に関連する因子と腸内細菌叢の関係を考察することが出来たという研究でした。より詳しい情報は概要欄の参考文献を御覧ください。

参考文献

Frioux C, Ansorge R, Özkurt E, et al. Enterosignatures define common bacterial guilds in the human gut microbiome. Cell Host Microbe. 2023;31(7):1111-1125.e6. doi:10.1016/j.chom.2023.05.024

おわりに

いかがでしたでしょうか。腸内細菌叢を類型化するモチベーションと、最新の研究での腸内細菌叢の捉え方が少しでも伝わっていれば幸いです。こうなると、自分たちの腸内細菌叢が、どのエンテロシグネチャーを示すのかは気になりますね。早く、手軽に腸内細菌叢を知れる時代にならないかな!

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

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