毎週金曜日、夜19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。
今回のエピソードでは、ヒトの腸内環境から離れたお話です。ものすごく面白い報告があったので、腸内細菌相談室で取り上げてみます。もちろん、話題は腸内細菌です。それも、昆虫の腸内細菌です。2024年3月に公開された論文で、ダイズを吸汁することで害するホソヘリカメムシが、腸内細菌をプロバイオティクス的に利用している可能性が示されたのです。
腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!
それでは本編です。
ホソヘリカメムシ。僕もこの研究に出会うまで、その名前を知りませんでした。でも、自然で育ったせいか、写真を見ると見覚えがあるカメムシでした。気になる方はググってみてね。
口でも外見の特徴を説明しておくと、成虫は茶色、あるいは焦げ茶色の体をしており、腹部がくびれた細長い昆虫です。足はバッタのように太いです。ホソヘリカメムシは、ダイズを加害するカメムシであることから、ダイズカメムシ類に分類されています。
2020年3月には、農研機構中央農業研究センターから、農林水産省委託プロジェクト研究「多収阻害要因の診断法及び対策技術の開発」の一環で、診断に基づく大豆栽培改善技術導入支援マニュアル、ダイズカメムシ類対策マニュアルなるものが公表されていますので、適宜参考にしていきます。
ダイズカメムシ類対策マニュアルによると、ホソヘリカメムシの体長は14-17mmで、主にマメ科植物を寄主としていて、幼虫はアリと見た目がそっくりでした。ダイズカメムシ類の種構成は地域によって異なっており、ホソヘリカメムシが優占種なのは2018年の山口県30.2%、石川県53.3%、新潟県50.3%が確認されています。ダイズカメムシ類によって吸汁されることで、子実の生育不良につながる結果、被害を受けるのが一連の流れです。
もちろん、ホソヘリカメムシ以外にも農作物に被害を与える昆虫=害虫は存在します。したがって、安定的で高品質な農産物の生産を行う上で、害虫とどのように向き合っていくかが大切になります。
従来の農業では、化学農薬による害虫被害の防止が試みらてきました。一方で、環境負荷や残留性の観点から、生物農薬、つまり生物の働きを用いた害虫被害の防止が注目されています。生物農薬で利用される生物としては、微生物、線虫、昆虫など幅広く、今回紹介する研究では微生物によるホソヘリカメムシへの対策に注目しています。それでは、研究内容に迫ります。
農林水産省痛くプロジェクト研究「多収阻害要因の診断法及び対策技術の開発」、診断に基づく大豆栽培改善技術導入支援マニュアル、ダイズカメムシ類対策マニュアル、農研機構中央農業研究センター、2020年3月、Access:2024/3/17、URL:https://www.naro.go.jp/project/research_activities/daizukamemusi_full_3.pdf
今回ご紹介する研究は、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of Americaに2024年3月4日掲載の、"Ingested soil bacteria breach gut epithelia and prime systemic immunity in an insect"(取り込まれた土壌微生物が腸管上皮を通過し昆虫の全身性免疫を刺激する)です。全文にはアクセス出来なかったので、要旨とプレスリリースをもとにお話していきます。
生物農薬によるホソヘリカメムシの被害防止のためには、生物農薬とホソヘリカメムシの相互作用を知ることが重要になります。ホソヘリカメムシがどのように生物農薬に応答するかを示せれば、効果的な生物農薬の使用に繋がります。
ホソヘリカメムシに関わらず、昆虫は自然免疫をもつ一方で、免疫記憶をすることが出来ないとされています。一方で、感染症への抵抗性をもつことが知らており、研究されています。
本研究では、ホソヘリカメムシに対する病原性細菌の感染と防御に注目した研究を展開していきます。研究を進める中で、土と共にホソヘリカメムシを生育すると病原性細菌の感染による生存率の低下が抑えられることがわかりました。そこで、土壌に含まれる細菌がホソヘリカメムシに対して何らかの影響を与えていると仮説を立て検証したところ、最終的にはBurkholderia属細菌をホソヘリカメムシに添加することで生存率が上がることが明らかになったそうです。この時、ホソヘリカメムシでの遺伝子発現量を確認すると、riptocin、thanatin、defensinの抗菌ペプチドについて発現量が増加しており、免疫応答が刺激されていることが確認されました。
ホソヘリカメムシの腸管の組織切片を観察すると、Burkholderia属細菌が腸管上皮を通過し、体液中の貪食細胞や免疫細胞を刺激することが確認されました。ここで興味深いのが、Burkholderia属細菌は増殖能力を喪失し、ホソヘリカメムシに対して悪影響を与えていない点にあります。
これは、土壌に存在するBurkholderia属細菌が、ホソヘリカメムシへの摂取と定着を通して免疫を刺激することで、病原性細菌に対する抵抗性を高めていることを示しています。人間でいうところのプロバイオティクスの役割を、昆虫に対する土壌微生物が果たしていることが示唆されたのです。
人間の社会に生きていると、人間と腸内細菌の関係に思いが向きがちですが、じつは腸内細菌と生物の相互作用と言う構図は、より一般的に様々な生物についても確認できるのかもしれません。
Jang S, Ishigami K, Mergaert P, Kikuchi Y. Ingested soil bacteria breach gut epithelia and prime systemic immunity in an insect. Proc Natl Acad Sci U S A. 2024;121(11):e2315540121. doi:10.1073/pnas.2315540121
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38437561/
プレスリリース:https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240305/pr20240305.html
今回は、ホソヘリカメムシにBurkholderia属細菌が定着することで、結果として病原性細菌に対する抵抗性が高まることを示した研究をご紹介しました。
ホソヘリカメムシに定着する、例えばBurkholderia属細菌のような生物に対して影響を及ぼす農薬が開発できれば、病原性細菌との併用によって効果的な害虫対策が出来るようになるかもしれません。
腸内細菌相談室では、番組に対する感想、質問、リクエストを募集しています。X、Instagram、Applepodcast、Spotifyからいつでもご連絡ください!
ではまた、来週お会いしましょう!ばいばーい。
この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。