#396【科学系ポッドキャストの日】地球を駆ける遺伝子の旅とヨーロッパ全域の細菌叢調査。

更新日: 2024/04/05

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#396_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

今回のエピソードは【科学系ポッドキャストの日】の共通テーマに沿ったエピソードをお届けします!"科学系ポッドキャストのテーマ企画は、共通テーマについて様々な番組の視点で語る企画です。"、今月のホストは佐々木亮の宇宙ばなしから亮さんです!ホスト頂きありがとうございます。

今回の共通テーマは、"地球"!4/22のEarth Dayにちなんだテーマです。腸内細菌相談室では、地球を旅する遺伝子のお話と、ヨーロッパ全域をまたいだ細菌叢調査についてお話します。

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

地球を旅する遺伝子

まずはEarth Dayについてお話します。Earth Dayとは1970/4/22に制定された記念日で、次のような説明がearthday.orgにあります。


The first Earth Day in 1970 mobilized millions of Americans from all walks of life to birth the modern environmental movement. Since then, Earth Day has evolved into the largest civic event on Earth, activating billions across 192 countries to safeguard our planet and fight for a brighter future.

(1970年の最初のEarth dayは、あらゆる職業や地位、生まれの、数百万人のアメリカ人を動員し、現代の環境運動を誕生させました。それ以降、Earth Dayは地球上で最も大きな市民運動に発展し、192の国と地域をまたがる数十億人が私達の地球を守り、輝かしい未来のために戦う応援をしています)


そんなEarth dayにちなんで、腸内細菌相談室では全地球的な問題である"旅する遺伝子"のお話をしていきます。旅する遺伝子と表現すると、何やらロマンチックに聞こえるかもしれませんが、現実は悲惨です。今日は、遺伝子にまつわる耳が痛いけど大切な地球規模のお話です。

人間は、ある物質を発見して以降、感染症に対する新しい武器を手に入れ、数えきれない命が救われてきました。そうです、抗生物質です。

1928年、イギリスの細菌学者、アレクサンダー・フレミングによって人類にとって初めての抗生物質、ペニシリンが発見されました。以降、様々な抗生物質の発見と利用が行われるようになり、人間は感染症に対する新しい武器を手に入れました。人間が多くの抗生物質を利用するようになったことで、抗生物質を使用される細菌に対しての進化的な選択圧がかかります。つまり、抗生物質を分解できない生物は死ぬという選択圧です。この強い選択圧によって、抗生物質耐性菌が登場します。簡単に表現すると従来は効果を示していた抗生物質が効かない株、系統です。抗生物質耐性菌は、抗生物質が効かないので人類にとっては厄介です。

さらに、遺伝子は伝播、つまり異なる個体間を様々な仕組みによって移動できます。つまり、変異株が生じて抗生物質耐性菌が発生してから、ある時には抗生物質耐性遺伝子が別の細菌に移動するのです。これによって、遺伝子を受け取った細菌もまた抗生物質への耐性を獲得します。現在、抗生物質耐性遺伝子および菌の拡散が、全世界的な公衆衛生上の問題となっています。このお話だけを聞いても、あまり事態の深刻さが分からないかもしれません。そこで、Nature Communicationsへ2021年に公開された、"An omics-based framework for assessing the health risk of antimicrobial resistance genes"という論文の内容を簡単にご紹介します。

本研究では、薬剤耐性遺伝子の脅威について評価するため、薬剤耐性遺伝子の移動性、宿主に対する病原性、人間活動に由来する濃縮などによるリスクを考慮できるアプローチを開発しています。今回はこの論文の中でFig1に注目します。Fig1では、様々な環境中における抗生物質濃度、および薬剤耐性遺伝子の存在量を調査結果を示しています。

この結果によると、人間活動の影響が及ぼされていない永久凍土や海底堆積物においては、抗生物質の濃度が最も低く、一方で排水処理場や家畜の糞便などからは最も高濃度に検出されています。薬剤耐性遺伝子については、異なる環境では異なる種類の薬剤耐性遺伝子が優勢であり、人間の活動の影響を受けていることが示唆されています。薬剤耐性遺伝子の合計存在量は環境間で大きな変化がなかった一方で、人間の影響を受けた環境で100倍以上濃縮されている薬剤耐性遺伝子を人間活動関連の遺伝子と定義した時には、永久凍土から人間、家畜の糞便にかけて対数スケールで存在量が多くなっています。

抗生物質および薬剤耐性遺伝子は、私達の身近に存在しています。この遺伝子は、細菌やウイルスが担い手となって、環境中を移動していきます。では、全地球規模での薬剤耐性遺伝子の移動は起こっているのでしょうか?

参考文献

抗生物質耐性遺伝子の伝播をオミクスベースのアプローチで調べた論文

Zhang AN, Gaston JM, Dai CL, et al. An omics-based framework for assessing the health risk of antimicrobial resistance genes. Nat Commun. 2021;12(1):4765. Published 2021 Aug 6. doi:10.1038/s41467-021-25096-3

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8346589/

ヨーロッパ発大規模プロジェクト、通称TREC!

ここからは、現在進行系でヨーロッパを起点に行われているプロジェクトをご紹介します。プロジェクト名は、通称TREC(トレック)、正式名称はTraversing European Coastlinesです。直訳するならば、ヨーロッパの海岸線を横断する、というプロジェクトです。プロジェクトのリードは、"An expedition to study coastal ecosystems and their response to the environment, from molecules to communities" (沿岸部の生態系、それらの環境との応答について、分子から生態系レベルで研究する遠征)となっています。このMolecules to Communitiesという言葉、カッコいいですね。このプロジェクトは、EMBL (欧州分子生物学研究所)が主宰しており、実験設備を搭載した車と共に、ヨーロッパの沿岸部でのサンプリングを行っています。

沿岸部は、陸と海の境界となる生態系です。多くの栄養が陸から海へと流れ出る場所であり、様々な生物が共存する生態学的な境界でもあれば、陸と海を結ぶ物質的な境界でもあるのです。このプロジェクトは、2023年4月から2024年7月末まで行われ、沿岸部周辺の土壌サンプル、海岸の堆積物サンプル、海水サンプル等を収集します。収集するサンプル、観察する項目は多岐にわたり、まさに分子から生態系までをまるっと調査するのが、このプロジェクトの特徴です。マクロとミクロの視点でヨーロッパの沿岸部を横切り、地球規模での物質、生物、生態系の姿を鮮明に捉えることを目指しています。

TRECでは、様々なプロジェクトが同時並行的に行われています。

例えば、有機汚染物質および無機汚染物質の存在量を測定したり、生物多様性の損失動態を調べたり、地球温暖化および酸性化といった環境問題を測定したり、炭素固定経路の同定をしたり、生物の共生関係を分子レベルで調査したり、そして、新規の抗生物質、抗生物質耐性の伝播を同定し、コントロールする戦略をデザインするのも重要なミッションの1つです。

この研究成果は、多分今年か来年には第1報が出るのでは無いでしょうか?来年のEarth Dayに論文が間に合っていたらぜひとも紹介したいです。

そして、これだけだと、この番組名がただの"細菌相談室"になってしまいます。最後に、腸内細菌相談室でこのテーマを扱った理由についてお話します。

参考文献

TREC, 20240404, https://www.embl.org/about/info/trec/

おわりに

それは、あなたの腸内環境も自然界と繋がっている開放系だからです。開放系を言い換えると、口と肛門が出口となった、閉じられていないあなた独自の生態系です。そして、その生態系は、抗生物質や薬剤耐性遺伝子に晒されてもいます。つまり、地球規模での環境問題を考えることは、すなわちあなたの腸内環境問題を考えることであり、人々の健康に直結したテーマなのです。TRECでは、このことを表すように"We want to address major issues of human and planetary health" (私達は地球と人間の大きな健康問題に取り組みたい)と表現されています。

このエピソードをきっかけに、あなたと遺伝子的に物質的に繋がっている地球の問題に目を向けてもらえたら嬉しいです!是非、他の科学系ポッドキャストのエピソードも聞いてみてください!

腸内細菌相談室では、番組に対する感想、質問、リクエストを募集しています。X、Instagram、Apple podcast、Spotifyからいつでもご連絡ください!

この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

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