#402 【科学系ポッドキャストの日】読みたい配列を読む時代。Adaptive Samplingと次世代シーケンシング。

更新日: 2024/05/08

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#402_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

今回のエピソードは【科学系ポッドキャストの日】の共通テーマに沿ったエピソードをお届けします!"科学系ポッドキャストのテーマ企画は、共通テーマについて様々な番組の視点で語る企画です。"

今月のホストは生物をざっくり紹介するラジオ、通称ぶつざくさんです!ホスト頂きありがとうございます。

今回の共通テーマは、"Next"ということで、"科学にまつわる次に繋がることや今後の発展などをお話しください"とのことです。腸内細菌相談室では、Next generation sequencingをテーマに、腸内細菌叢を観測し解析するための基盤技術であるシーケンシングのNextについてお話します!

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

シーケンシングのおさらい

シーケンシングのおさらいです。シーケンシングとは、生物の遺伝情報を記録するDNAを構成する塩基配列を読み解くことを指します。塩基配列とは、塩基と呼ばれる分子の並び方であり、並び方に情報が含まれています。

シーケンシングを行うことで、目の前の生物について、遺伝情報の観点からよく知ることができるようになります。生物の大きさや種類には依らないので、ヒトなどの大きな真核生物だけでなく、ヒトの腸内にて生きる腸内細菌などの原核生物についても、遺伝情報の観点から情報を引き出すことが出来ます。

腸内細菌を目で見ることは出来ませんから、腸内細菌を知る術の一つとしてシーケンシングは重要なのです。

シーケンシングについては、過去のポッドキャストで詳しく解説しています。プレイリストにまとめているので気になる方はチェックしてみでください。

シーケンシングのお話:https://open.spotify.com/playlist/0doAyC74kM8XAH4LeEn3T2

ここでは、塩基配列について少し踏み込んで話をします。

塩基配列を、あえて私達の話す自然言語と対比してみます。例えば"アンパン"という言葉があります。" アンパン"という4文字の並び方に、"あんの入ったパン"という情報が含まれていて、アンパンという言葉をお互いが共通認識として知っていることで、アンパンを目の前に用意することなく情報のやり取りが可能になっています。

重要なのは並び方です。あんぱんを構成する文字でぱんあんという文字列を作ったとしても、あんぱんの情報は失われています。構成する文字の並び方に情報は宿っています。

遺伝子は、生物学における言葉、塩基配列は文字列、塩基は文字に相当します。ある塩基配列には、あるタンパク質の情報が紐づいているのです。

塩基配列が偉いのは、言葉が物質的に記録されているところにあります。言葉を発音したとしても、空気の振動なので、いずれ減衰して周囲の相手にしか情報を届けることが出来ません。文章として記録をしたとしても、読み手は同じ言語を扱えるヒトを想定しています。文字が整っているか、大きさが適切か、ということも情報伝達においては重要です。また、言葉は物質と直接的には結びついていません。インクを用意して紙などの物質に言葉を記したり、あるいは電子的に記録をすることで初めて物質と紐付けられます。

他方、塩基配列はそれそのものが物質の並び方に記録されていることから、物質さえ残れば情報が残ります。言葉のように"記録によって物質に情報を刻む"、のではなく情報が刻まれた物質によって細胞内、細胞間でのやり取りを行っているのです。したがって、細胞から塩基配列を刻むDNAやRNAを抽出することができれば、生物の中で行われている会話の記録を抽出できることになります。物質そのままでは私達には理解ができないので、物質の並び方をシーケンシングによって解読して、初めて生物の中で行っている会話を知る一歩を踏み出せます。

シーケンシングが腸内細菌を知る上で、ひいては生物を知る上で重要であることをお話したので、シーケンシングの技術について迫ります。

Adaptive Samplingと次世代シーケンシング

シーケンシング=塩基配列の決定をするということは、DNAを構成する分子の並び方を測定するということです。分子はナノスケールの存在なので、光学顕微鏡による直接の観測は出来ません (可視光の波長は分子や原子よりも大きいです)。しかし、シーケンシングを行うことで生物について深く知ることができるようになるのは、2重らせん構造をもつDNAが遺伝情報を担うことが明らかになってから、わかっていたことです。

そこで、DNAの伸長反応と長さの違いを利用したサンガー法が開発されます。サンガー法の開発から時代が流れ、サンガー法と比べて高効率でシーケンシングを行える次世代シーケンシングと呼ばれる方法が誕生します。これにより、たくさんの情報を効率的に処理できるようになり、腸内細菌叢の研究が活発化したといっても過言では有りません。サンガー法を第一世代、短い塩基配列を並列的に大量に読む方法が第二世代とされます。

しかし、短い配列ではカバーできない領域があります。本来、腸内細菌の遺伝情報は数百万の塩基が連なってできていますが、第二世代のシーケンシングではせいぜい150-200塩基対程度しか得ることが出来ません。通常、短い塩基配列からゲノムを再構成する場合には、ペタペタと読み取られた配列=リード同士で共有する塩基配列をもとに、より長い配列=コンティグに再構成=アセンブルする必要があります。しかし、例えば数百塩基にまたがる反復配列があると、どこからどこまでが共通部分なのか分からなくなります。

そこで、第三世代以降の次世代シーケンシングでは、より長い塩基配列を読み取れるような技術が使用されています。第四世代の次世代シーケンシングでは、リアルタイムに長い塩基配列を読み解くことができるようになってきました。もちろん、世代ごとのメリットとデメリットがあるので、一概に世代を重ねるほど優れているというわけでもなく、あくまでもシーケンシング法の登場を時系列でまとめているだけです。

ここでは、Adaptive Samplingという第四世代の次世代シーケンシングで可能になった技術をご紹介します。第四世代のシーケンシングは、Oxford Nanopore Technologies社が提供する技術により可能となりました。#378 ナノ細孔から覗く塩基配列の世界、というエピソードでONTの技術については詳しく紹介しています。

#378: https://open.spotify.com/episode/50UsQylCsf1C3cfGRb0yLh

簡単におさらいすると、ナノ細孔と呼ばれる分子の孔に、DNAという帯電した高分子を通すことにより、ナノ細孔が埋まった基板の電位の変化を検出して塩基配列を読み解く手法です。これがすごいのは、ナノ細孔ごとに制御されているので、どの孔でどんなDNAが読み取られているのかがわかるところにあります。この技術を応用することで、Adaptive Samplingが可能になります。

Adaptive Samplingとは、ある配列を選択的に読む、あるいは読まないことによって、シーケンシングを高効率化する手法です。例えば、大腸菌のこの配列!といった事前に知りたい配列が決まっていたとします。続いて、サンプル中のDNAのシーケンシングを開始すると、ナノ細孔ごとにリアルタイムで読まれている塩基配列が報告されます。塩基配列を読んでいく中で、どうやらこの配列は読みたいものではないぞ?と分かった段階で、そのナノ細孔ではシーケンシングをやめ、DNAを放出することで、次のDNAを読む準備を整えます。

この方法によって、たとえ腸内細菌叢全体に占める割合が小さい、存在量が少ない細菌であっても、DNAを効率的に読み解くことができるようになるのです。

これによって、例えばヒトのDNAは読まない、ある細菌の薬剤耐性遺伝子領域だけを読む、といったことが可能になってきました。これはすなわち、より効率的にゲノムを構築できるようになることを意味します。Adaptive Samplingの詳しい内容は、2022年Genome Biologyに掲載の"Nanopore adaptive sampling: a tool for enrichment of low abundance species in metagenomic samples"にまとめられています。

参考文献

Martin S, Heavens D, Lan Y, Horsfield S, Clark MD, Leggett RM. Nanopore adaptive sampling: a tool for enrichment of low abundance species in metagenomic samples. Genome Biol. 2022;23(1):11. Published 2022 Jan 24. doi:10.1186/s13059-021-02582-x

おわりに

今回のエピソードは盛りだくさんだったので、総括します。シーケンシング技術の発達により、塩基配列を効率的に読み解くことができるようになりました。しかし、これまでのシーケンシングは目の前の化学反応を観察することにより達成されていました。Adaptive Samplingでは、電子的にシーケンシングへ介入することで、読みたい配列を読めるようにした技術です。

これは、腸内細菌叢の研究のみならず、次世代の生物学につながる技術であると期待しています。今回のエピソードでは、腸内細菌叢の研究のこれまでとこれからを支える、シーケンシングについてお話しました。

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

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