#403 筋肉と腸内細菌。窒素固定装置としての腸内環境?

更新日: 2024/05/17

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#403_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

今回は、Xで最近話題になっていた腸内細菌のお話をします。

話題になったのは、2024年4月30日に滝沢ガレソさんが研究を紹介したのがきっかけです。

https://twitter.com/tkzwgrs/status/1785229802523308086

現時点で6000リポスト、39000いいねがついていて、これをきっかけに腸内細菌とヒトの関係を考える様になったヒトも多いのかなと想像します。研究の内容は、パプアニューギニア高地にて生活する人々は、タンパク質摂取量が少ないのに筋骨隆々なのはなぜか、という素朴な疑問です。この背景には、腸内細菌が潜んでいるかもしれないということで、東京大学医学系研究科の梅崎昌裕(うめざき まさひろ) 教授は研究をしてきました。

このエピソードを通して、研究背景と関連研究をご紹介していきます!

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

パプアニューギニア人とタンパク質摂取

パプアニューギニア人とタンパク質摂取、そして腸内細菌の研究テーマを、梅崎先生はどのように着想したのでしょうか? 東京大学のプレスリリース(1)によると、博士課程に在籍していた梅崎教授が通算2年を超えるパプアニューギニア高地での観察がきっかけだそうです。パプアニューギニアの高地で生活する人々の主食はサツマイモであり、タンパク質の摂取量が不足しているのに筋骨隆々。この現象を説明する仕組みが腸内に秘められているのでは、と着想をしたそうです。

腸内細菌のコミュニティである腸内細菌叢の研究は、細菌の培養依存的な方法、培養非依存的な方法に分けられます。次世代シーケンサーの登場により、培養せずとも腸内細菌叢の全貌がつかめるようになってから、調査は進んでいったようです。

研究の背景と仮説については、科研費の成果報告書(2)にまとめられています。パプアニューギニア高地の人々がなぜタンパク質が不足していても健康なのか、ということを説明する仮説は、①植物における根粒菌のようにヒトにおける腸内細菌が窒素固定を行っている、②アンモニアがヒトにより無毒化された尿素が腸内細菌によりアミノ酸に変換される、というもの。これらの仮説を検証するべく、パプアニューギニア高地の方から採取した糞便サンプルを用いた研究が行われていきます。

研究成果の概略としては、パプアニューギニア高地人の糞便移植を無菌マウスにたいして行うと、低タンパク食を与えたとしても体重減少の程度が日本人のそれと比較して小さく、腸内細菌の割合にも違いが確認されています。

以降では、より踏み込んだ腸内細菌の窒素固定およびゲノム解析に関する研究をご紹介します。

参考文献

  1. 東京大学プレスリリース、パプアニューギニアの人が筋肉質な理由に糞便から迫る|梅崎昌裕:https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00279.html
  2. 科研費研究成果報告書、人類の低タンパク質適応能の研究:https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-15H04430/15H04430seika.pdf
  3. 梅崎先生の研究室ホームページ:http://www.humeco.m.u-tokyo.ac.jp/individuals/umezaki/index-e

窒素固定装置としての腸内環境

今回ご紹介する研究は2016年にScientific Reportsに掲載の"Nitrogen fixation and nifH diversity in human gut microbiota"という研究です。本研究では、パプアニューギニア人および日本人の糞便サンプルを用いた、窒素固定活性の評価と窒素固定に関連する遺伝子Nitrogenase Reductase (nifH)の調査を行っていきます。

パプアニューギニア人の募集は2012-2013年にかけて行われ19名、日本人の募集は2013-2016年にかけて行われ9名が選ばれました。パプアニューギニアでのサンプル採取は、参加者が糞便をプラスチック容器に採取して、一部をRNase不活化用溶液に懸濁後する場合と、糞便サンプルを採取しアネロパックという嫌気にする容器へ保存し、車、徒歩で7-8時間かけて町の研究拠点に運んだそうです。ものすごく大変そう...サンプルは貴重ですね。

採取した糞便は、窒素固定活性の評価、便中のNitrogenase Reductase調査に移されました。

窒素固定活性の評価としては、糞便サンプルにたいして窒素同位体の15N2を取り込ませることで評価します。オートクレーブ滅菌をした糞便サンプルは15N2ガスを取り込まなかったのに対して、パプアニューギニア人、日本人の糞便サンプルは取り込んだということです。

また、nifHのユニバーサルプライマーを用いたNitrogenase Reductase遺伝子の評価を行うと、44のOTUに分類することができました。qPCRによる遺伝子の定量を行うと、パプアニューギニア人および日本人の全13検体の全てにおいて、nifH遺伝子の検出がされました。メタゲノム解析では、日本人、パプアニューギニア人に加えて、スウェーデン人、デンマーク人、スペイン人、中国人のnifH遺伝子の存在を推定していきます。すると、いずれの国の腸内環境からも、nifH遺伝子の存在が確認されました。

したがって、国によらずヒト腸内細菌叢には窒素固定能力があることが示唆されました。

本研究では、パプアニューギニア人に固有の腸内細菌機能、ある細菌株特異的な窒素固定能力については明らかになりませんでしたが、一方で一般的なヒト腸内細菌叢において窒素固定能力があることが示唆されたのは興味深いです。

参考文献

・Igai K, Itakura M, Nishijima S, et al. Nitrogen fixation and nifH diversity in human gut microbiota. Sci Rep. 2016;6:31942. Published 2016 Aug 24. doi:10.1038/srep31942

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27554344/

おわりに

植物における窒素固定の文脈でニトロゲナーゼは有名ですが、ヒト腸内細菌叢にもその機能を有する細菌の存在が示唆されたことは興味深いです。これは完全に妄想ですが、窒素固定能力および腸内での定着能力が高い腸内細菌が存在すれば、大気中から栄養を補給できる、みたいなSFチックなストーリーも考えられますね。今後の研究成果も注目です!

以上、窒素固定装置としての腸内環境にまつわるお話でした。

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

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