毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。
抗菌薬、つまり細菌の増殖を抑制したり殺菌したりする薬剤は、様々な感染症から人類を守ってきました。しかし、抗菌薬をみだりに使うことは、抗菌薬に対する耐性菌の出現リスクを高めてしまうことから、その使用には慎重になる必要があります。また、既存の抗菌薬が有効でない場合に備えて、新規抗菌薬の開発は重要です。今回は、グラム陰性細菌に特異的で、かつ一部の病原性細菌をターゲットにした抗菌薬、ロラミシンが開発されたのでご紹介します。
腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!
細菌感染症の治療の場面で、適切な抗菌薬の使用は効果的です。したがって、これまでに様々な抗菌薬が開発され、そして使われてきました。抗菌薬に曝露された細菌は強い淘汰圧を受けます。ここで、抗菌薬に耐性がある一部の細菌が生き残る場合があり、薬剤耐性菌が次なる感染症の担い手になります。感染症に対する抗菌薬の開発と使用、および耐性菌の出現という一連の流れが繰り返されることで、多剤耐性菌が出現します。複数の抗菌薬に対して耐性を持つ多剤耐性菌が感染症を引き起こす場合、通常は効果的な抗菌薬が治療には使えなくなることを意味し、場合によっては難治性の感染症になってしまうのです。これは、公衆衛生上の大きな危機として、様々な研究機関で対策が考えられています。
細菌を大別する方法の一つにグラム染色があります。クリスタルバイオレットという化合物を用いて細菌を染めたときに、細菌壁構造を反映して染まり具合が変化することを利用した細菌の分類方法で、臨床現場でも活用されています。グラム染色によって染まる細菌をグラム陽性細菌、染まらない細菌をグラム陰性細菌と呼びますが、グラム陽性細菌に効果がある抗菌薬、あるいはグラム陽性細菌および陰性細菌の双方に効く抗菌薬が開発されてきています。
一方、グラム陰性細菌のみをターゲットとした抗菌薬はほとんど存在しないことが問題となります。抗菌スペクトルが広い広域抗菌剤=様々な細菌に対する抗菌活性がある抗菌薬を使用すると、目的外の細菌にまでも抗菌効果が及びます。結果として、耐性菌の出現を促進するばかりか、腸内細菌叢のバランスを崩し構成細菌の数を減らしてしまうため、問題なのです。例えば、腸内細菌叢のバランス不全は、病原性細菌の腸内環境への定着を許すことに繋がります。
偽膜性大腸炎を引き起こすClostridioides difficileによる再発性の感染症のrCDIは、欧米における公衆衛生上の問題となっていますが、この一因として腸内細菌叢のバランス不全が考えられています。C. difficileの他にも薬剤耐性のある代表的な細菌種はESKAPE病原体 (ESKAPE Pathogens)として呼ばれており、Enterococcus faecium, Staphylococcus aureus, Klebsiella pneumoniae, Acinetobacter baumannii, Pseudomonas aeruginosa and Enterobacter sppが含まれ、グラム陰性細菌と陽性細菌を含みます。ESKAPE病原体による感染症、特にグラム陰性のESKAPE病原体による感染症に備えるためにも、抗菌スペクトルが狭い、グラム陰性細菌に特異的な抗菌薬の開発が求められます。
Miller, W.R., Arias, C.A. ESKAPE pathogens: antimicrobial resistance, epidemiology, clinical impact and therapeutics. Nat Rev Microbiol (2024). https://doi.org/10.1038/s41579-024-01054-w
https://www.nature.com/articles/s41579-024-01054-w
今回ご紹介する研究は、2024年5月29日にNatureにて公開されたイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の"A Gram-negative-selective antibiotic that spares the gut microbiome"という論文に紹介されています。
本研究では、グラム陰性に固有の機能である、リポタンパク質輸送系Lolに注目した抗菌薬を開発しました。ここで重要なのが、病原性グラム陰性細菌とヒト腸内に常在するグラム陰性細菌の間でのLolシステムは、タンパク質の相同性が低いことです。病原性グラム陰性細菌のLolシステムに焦点を当てた抗菌薬は、ヒト腸内細菌叢を構成するグラム陰性細菌への影響を小さくするため、菌選択的な抗菌活性を有するといえます。
本研究では、製薬企業であるアストラゼネカが同定したピリジンピラゾールおおびピリジンイミダゾール分子からスタートします。10を超える化合物の評価を行い、抗菌活性の評価が高かったロラミシンを同定しました。ロラミシンはグラム陰性の病原性細菌であるE. coli, Klebsiella pneumoniae , Enterobacter cloacaeに活性を示すことが確認され、Acinetobacter baumanniiやPseudomonas aeruginosaの野生株等には活性を示しませんでした。さらに、E. coli, Klebsiella pneumoniae , Enterobacter cloacaeの薬剤耐性株に対する感受性を評価しても、高い活性が確認されその有効性が示されました。これらの細菌をマウスに感染させた上で、ロラミシンをマウスの腹腔内注射、経口投与したところ、病原性細菌の減少及びマウスの生存率の向上に効果的であることが示されました。
狭い抗菌スペクトルであることを確認するために、マウスの腸内細菌叢への影響を評価しました。グラム陽性細菌に対する抗生物質のクリンダマイシン、広域な抗菌スペクトルをもつアモキシシリンを投与したマウスの腸内細菌のバランスは投与後7-10日間で崩れており、多様性については7日以後も損なわれていました。一方のロラミシンは、腸内細菌叢の多様性やバランスに大きな影響を与えていませんでした。
さらに、マウスへのC. difficile感染についても評価していきます。健康なマウスに対してロラミシン、クリンダマイシン、アモキシシリンを投与し、C. difficileを与えることで、C. difficileによる感染が成立するのか評価していきます。結果として、クリンダマイシンやアモキシシリンを投与したマウスでは、C. difficileを排除できずに定着していたのに対して、ロラミシン投与マウスでは、C. difficileの定着は確認されませんでした。
ここから、ロラミシンは腸内細菌叢へのダメージを小さくしたまま、病原性細菌に対処するための新しい抗菌剤となることが示されました。
Muñoz, K.A., Ulrich, R.J., Vasan, A.K. et al. A Gram-negative-selective antibiotic that spares the gut microbiome. Nature 630, 429–436 (2024). https://doi.org/10.1038/s41586-024-07502-0
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07502-0
抗菌剤はアレキサンダー・フレミングが発見して以降、多くのヒトを感染症から守ってきました。一方で、細菌側の抗菌剤に対する適応進化も招いていることから、自体は複雑になってきています。我々に共生する腸内細菌叢を守りながら、有害な細菌を殺菌、静菌していくことは重要です。そんな分野の先端を進む、病原性のグラム陰性細菌に選択的な抗菌薬の開発についてのお話でした!
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告知:
緑ヶ丘のギャラリーで行われるグループ展を主催しています!私からは"人間は培地である"という視点から作品を数点展示しています!皮膚常在菌の培地を乾燥させてラミネートした作品もあります。ある細菌のある遺伝子の塩基配列を元にして作ったステッカーも販売予定です。
入退場は自由です。
興味のある方はお越しください〜【展示会】「視点」PERSPECTIVES
世界の見え方と奥行きについて【日時】2024年6月15日(土)11:00-20:00
【在廊時間】11:00-20:00
【場所】ギャラリーyururi: https://maps.app.goo.gl/j3CEa8kzptB43tQ99?g_st=ic↓詳細
https://midoriyururi.com/smarts/index/51/detail=1/b_id=352/r_id=475/#block352-475
この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。
それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!