#413 腸内細菌の遺伝子編集をマウスの腸内で行う研究。

更新日: 2024/07/26

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#413_podcast

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

腸内細菌とヒトの関係は、多様な菌種について、様々な方法論で調査されてきました。食事や薬、国、年齢など、多様な要因に腸内細菌叢は影響を受けることが分かっています。また、ヒトの健康状態や疾患に腸内細菌叢が関連することも報告されています。今回のエピソードでは、さらに一歩踏み込んだ、腸内細菌の遺伝子編集をマウスの腸内で行うという研究をご紹介します。

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

腸内細菌の遺伝子編集をマウスの腸内で行う研究

今回ご紹介する研究は、2024年7月10日にnatureへ公開された"In situ targeted base editing of bacteria in the mouse gut"という論文に掲載されています。意訳すると、マウスの腸内における細菌のその場での特定の塩基編集です。本研究は、フランスのパスツール研究所、および細菌叢の塩基編集技術をもつ会社Eligo Bioscienceによって行われました。

そもそも、腸内細菌叢がヒトの健康状態に影響を与えるのは、腸内細菌が特定の遺伝子機能を持つからです。腸内細菌の遺伝子が転写、翻訳され何らかのタンパク質となって、ヒトの代謝に影響を与えます。したがって、腸内細菌の遺伝子をコントロールできれば、ヒトにとって不利益な薬剤耐性や病原性をコントロールできることになります。

そこで、腸内細菌の遺伝子に介入するため、様々な研究が行われてきました。

今回紹介する研究において重要なのは、ファージ、つまりウイルスです。ファージは感染対象となる宿主に対してDNAやRNAなどの核酸を注入します。注入後に細菌の体内で新たなファージの構造が作られて、細菌を突き破り次の宿主に向かいます。DNAを送り込むタイプのファージは2つに分けられ、さっさと構造を細胞内で作ってから突き破る溶菌性のファージと、DNAが宿主のゲノムに組み込まれて潜伏し、あるきっかけで構造を作って突き破る溶原性のファージが存在します。細胞にDNAが入った時点で細菌は死滅していないため、ファージのDNAを上手いこと設計すれば腸内細菌の遺伝子も編集できるというのが基本的な発送です。

この手法の利点は、一部の腸内細菌に的を絞った戦略を取れる点にあります。これは、ファージには特定の宿主にのみ感染するという性質があることによります。

今回の研究では、ファージが細菌細胞に感染する時に利用する構造を編集することで、効率的に大腸菌へ接着しDNAを大腸菌の細胞に送り込むことを可能にしています。具体的にはウイルス底部から生えたSide tail fiberという足のような部分や、底部から細菌の膜貫通タンパク質に結合する部分に対して改変を行いました。結果として、大腸菌の細胞1個に対して20の特定の改変ファージを加えれば、大腸菌の90%に対してDNAを送ることができています。

DNAを送り込んでからは、大腸菌がもつ特定の遺伝子に対して、アデニン塩基編集、シトシン塩基編集機能により、特定の遺伝子に対する編集を行いました。抗生物質耐性遺伝子を編集することで、抗生物質感性の大腸菌にする実験を行いました。遺伝子の編集は、大腸菌のみならずKlebsiella neumoniaeについても検証しています。E. coliの遺伝子の編集対象として遺伝毒素二関連するコリバクチン関連遺伝子、細胞外繊維タンパク質関連遺伝子、K. neumoniaeの対象として病原性遺伝子のfimH、fimK、アミノグリコシド系抗生物質の耐性遺伝子の編集を試みています。遺伝子、細菌によりけりですが、遺伝子編集効果は細胞外繊維タンパク質関連遺伝子について高かったようです。

最後に、マウスの腸内で、遺伝子編集効果が高かった大腸菌の細胞外繊維タンパク質関連遺伝子の編集を試みます。まず、ストレプトマイシン(抗生物質)を自由飲水によりマウスへ投与し、その後ストレプトマイシンに耐性のある株を投与します。その後、一度、あるいは複数回に渡って改変ファージを投与します。これにより、腸内細菌叢の構成には大きな影響を与えずに、遺伝子編集を効果的に行うことができたようです。

腸内細菌の遺伝子編集を大腸菌(E. coli)や肺炎桿菌(K. pneumoniae)にて行うことができ、大腸菌についてはマウスの腸内での編集を実証できました。この技術が基礎となり、腸内細菌研究は更に進むと期待しています。

参考文献

Brödel, A.K., Charpenay, L.H., Galtier, M. et al. In situ targeted base editing of bacteria in the mouse gut. Nature (2024).

https://doi.org/10.1038/s41586-024-07681-w

おわりに

ファージと腸内細菌の研究は、最近であればウイルス叢(ヴァイローム)と細菌叢のコホート研究が盛り上がっていると思っていました。ここで、実験分野からも革新的な研究が出てきたことは、腸内細菌研究の推進を後押しすると期待できます。例えば、悪さをする特定の腸内細菌のある遺伝子を標的に、ヒト腸内で不活性化することで病原性を低下させ、治療に繋げられるかもしれません。こんなことが現実味を帯びてきたなんて、すごい時代ですね!

今回は、腸内細菌の遺伝子編集をマウスの腸内で行う研究についてお話しました。

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