#416 宇宙への短期滞在で変化するヒト細菌叢の研究。

更新日: 2024/08/16

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#416_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

最近の腸内細菌相談室では、ヒトの腸内環境を飛び出して海に行ったりマウスに行ったりソーセージに行ったりしています。もはや細菌相談室になっていますが、もう少しだけ飛び出させてください。今日紹介する研究は、地球を飛び出て宇宙に短期滞在したヒトの細菌叢を縦断的に調査しています。宇宙へ行くことで、ヒトの微生物叢=マイクロバイオームはどのように変化するのでしょうか?

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

人類が向かう先とマイクロバイオーム研究の重要性

まずは、現在の地球で起こっている問題からお話を始めます。今日では、耳にタコが出来るほど、持続可能性、SDGs、地球温暖化、気候変動、人口増加、食糧問題という言葉を耳にします。持続可能な社会を構築しなければ、地球という限られた空間、資源を食い尽くし、汚染して、いずれは人類がしっぺ返しを食らうよ、ということが問題の前提にあります。これらの問題に対して、科学技術ベース、政策ベースで世界各国が対策をしているのが現状です。

一方で、地球という限られた空間に縛られないことで、もしかすると人類は問題を切り抜けられるかもしれないと考える人達がいます。例えば、アメリカのSpaceXやTESLAを率いる強烈なリーダーシップを持ったイーロン・マスクです。火星移住計画を本気で実行に移そうとしている起業家で有名です。地球という限られた土地、資源を大切にするという考え方が重要である一方で、人類の存続や資源獲得のためには地球外に生息圏を拡大していくのも重要と考えられます。

そこで、軍拡競争と並行して20世紀後半から宇宙開発競争が起こり、今では地球の周回軌道状にヒトが常駐する国際宇宙ステーションが存在するようになりました。さらに、アルテミス計画に代表されるように、月面進出の機運も高まっています。

このように、地球の重力から中長期的に離れていく人間が少しずつ現れるようになってきました。ここで重要になるのは、果たして人類は無重力、閉鎖空間で宇宙線に曝露され続けながら、健康な状態を維持することが出来るのか?ということです。その意味で、宇宙におけるヒトの健康状態をモニタリングすることは重要になる訳です。

ヒトの健康状態と関係するパラメータには、宇宙での滞在の他にも、ヒトマイクロバイオームがあります。腸内細菌相談室のリスナーにとっては常識かもしれませんが、ヒトマイクロバイオーム=微生物叢は皮膚、口腔、腸など人体のあらゆる表面に存在し、物質のやり取りを行っていて、ヒトの健康状態に深く関係すると考えられています。微生物叢は、細菌や真菌を含む生物のコミュニティです。

そこで、今回ご紹介する研究では、宇宙に短期滞在するヒトを対象に、滞在前、滞在中、滞在後のマイクロバイオーム、そして免疫に関連する細胞を含む末梢血単核細胞の解析を行いました。

宇宙への短期滞在で変化するヒトマイクロバイオームの研究

今回ご紹介する研究は、2024年7月11日にNature Microbiologyへ公開された、Longitudinal multi-omics analysis of host microbiome architecture and immune responses during short-term spaceflightというOpen Access論文に掲載されております。

研究の概要です。本研究では、滞在前、滞在中、滞在後でのサンプリングを行います。サンプリングは基本的にスワブで行い、皮膚についてT-zoneや脇、前腕部やへそなど合計8点と、口腔内、鼻腔内のサンプルを収集しています。合計4名についてサンプリングを行ったそうで、内2名についてはフライト前後での便サンプルも収集していました (が、結果には全然まとめられていませんでした。別の論文にまとめたりするのでしょうか?)

サンプルに対して、メタゲノム解析、メタトランスクリプトーム解析を行い、合計のサンプル数は750個取られています。ものすごいサンプル量です。登場した宇宙船はSpaceXのDragonで、Dragonの内部もスワブサンプルを取得しています。

サンプル量が膨大なこともあり、ここではすべての結果にふれることはせず、腸内細菌相談室として興味深かった結果をピックアップします。

まず興味深かったのは、口腔細菌のフライトによる変動の多くは一時的であり、宇宙での滞在中に増加する細菌、宇宙での滞在中に減少する細菌が確認されたことです。宇宙での滞在を歴て地球に返ってきてからも変動が持続しているとされる細菌はいくつか表示されていましたが、一時的に変動する細菌と比較するとその程度は小さいようです。また、メタゲノムとメタトランスクリプトームの解析で重複する細菌種はほとんど確認されておらず、細菌の存在量と転写制御は必ずしも対応しないことが示唆されました。また、口腔細菌叢と比較して皮膚細菌叢では、宇宙滞在期間中に有意な増加を示す兆候がメタゲノム解析により多く得られていました。皮膚と口腔環境では、マイクロバイオームが受ける影響に違いがあることが考えられます。

また、個人間、個人-宇宙船間で共有される株を数えていくと、個人間での株の共有が確認されたと共に、個人-宇宙船間での細菌の共有も確認されていました。閉鎖環境における空間マイクロバイオームとヒトマイクロバイオームの相互作用は、今後も調査が必要そうです。また、マイクロバイオームの遺伝子機能に関する解析では、宇宙での滞在期間中に薬剤耐性や重金属代謝を始めとする遺伝子が体の複数の部位で豊富に存在することも示唆されています。

免疫細胞と細菌叢の関連性を示す成果の一例として、Streptococcus pneomoniaeはNK細胞、Streptoccocus gordoniiはCD4T細胞を始めとする様々な細胞の遺伝子発現量と関連性を示すことが示唆されました。

以上から、宇宙空間に滞在することで、ヒトマイクロバイオームを構成する細菌種や遺伝子機能は一時的に変化することが考えられます。また、ヒト間、ヒト-宇宙船間で細菌のやり取りが行われている他、細菌が免疫細胞とも関連することが示唆されました。また、滞在期間後も細菌種の存在量が変化することも一部では確認されていたようです。

参考文献

Tierney BT, Kim J, Overbey EG, et al. Longitudinal multi-omics analysis of host microbiome architecture and immune responses during short-term spaceflight. Nat Microbiol. 2024;9(7):1661-1675. doi:10.1038/s41564-024-01635-8

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC11222149/

おわりに

今回は、宇宙に短期滞在することでヒトマイクロバイオームが変化することを示した研究をご紹介しました。3日間とかなり短期間ではあるものの細菌叢の変化が確認されたことから、より長期間の滞在で細菌叢にどのような影響が加わるのか気になります。また、細菌叢の変化によって、中長期的にヒトの健康状態にどのような影響が加わるかは、今後の観察研究が待たれるところです。以上、宇宙への短期滞在で変化するヒト細菌叢の先駆的な研究でした!

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

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