#422 【デコロナイゼーション】腸内環境に定着した多剤耐性の肺炎桿菌を効果的に排除する。

更新日: 2024/09/27

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#422_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

腸内細菌相談室では、ある病気の患者さんにはある腸内細菌が多い/少ないといった研究や、ある腸内細菌が腸の細胞/腸管上皮細胞、免疫細胞とどのような相互作用を示すか、について調査した研究を取り上げることが多いです。一方で、腸内環境に存在する腸内細菌は単独で存在しているわけではなく、腸内細菌叢というコミュニティの中に存在しており、互いに影響を及ぼしあいながら住んでいます。今回のエピソードでは、そんな腸内細菌のコミュニティに着目した、ここ最近で読んでいて一番面白かった論文をご紹介します。魅力が伝わるように頑張ります!

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

院内感染で問題となる肺炎桿菌

今回ご紹介する研究は、2024年9月18日にNatureへ掲載された、"Commensal consortia decolonize Enterobacteriaceae via ecological control "という研究にまとめられています。日本語に訳すと、共生細菌群による生態学的制御を介した腸内細菌科細菌のデコロナイズとなります。腸内環境の分野では、腸内環境に微生物が定着することをコロナイゼーションと呼びますが、deという打ち消しの接頭辞がつくので、あえて訳すとなると脱定着になります。本来定着していた腸内細菌が減少したり居なくなるのがデコロナイズ、居なくなることをデコロナイゼーションと読んでいます。ラストオーサーは、腸内細菌研究界隈では著名な、本田賢也先生とRamnik J. Xavierになります。

EscherichiaKlebsiella種が含まれる腸内細菌科においては、複数の抗生物質に耐性を持つ多剤耐性菌の出現が問題になっています。多剤耐性を獲得した細菌に感染すると、抗生物質による治療が難しい、いわば難治性になってしまいます。また、腸内細菌科の細菌は炎症性腸疾患の腸内環境にて腸内細菌叢のバランス不全や炎症と関連することも報告されています。

この研究では、腸内細菌科の中でも、Klebsiella pneumoniae、日本語では肺炎桿菌や大腸菌に注目した研究を行っています。 著者らは、炎症性腸疾患患者から多剤耐性の肺炎桿菌の特定の株を単離しています。この株は、抗生物質の使用条件下で増加、定着しTh1を介した炎症状態に関連します。つまり、この細菌が腸内環境へ定着した場合には、取り除いてあげたいということになります。しかし、多剤耐性を獲得しているので、抗生物質の処方は有効な治療法にはなり得ません。そこで登場するのが、便移植:Fecal Microbiota Transplantationの考え方です。

参考文献

Furuichi, M., Kawaguchi, T., Pust, MM. et al. Commensal consortia decolonize Enterobacteriaceae via ecological control. Nature 633, 878–886 (2024). https://doi.org/10.1038/s41586-024-07960-6

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07960-6

コントロールされたFMTと肺炎桿菌のデコロナイゼーション

便移植は、健康なヒトの便を、別の生物の腸内環境に移植する手法です。Fecal Microbiota Transplantationの頭文字を取って、FMTと呼ばれます。内視鏡によって便を移植する方法の他にも、カプセルで移植する方法などが考案されています。便移植にて使用される便は、当然厳しい品質管理をする必要があります。治療目的で使用される便に病原性細菌が存在してはならないためです。現在の便移植の手法としては、特定の病原性細菌が存在しない、などのスクリーニングを経て、便の適格性が評価された後に、使用されるという流れです。現状の課題点として、便中の腸内細菌叢の厳密な構成、それらがどのようにして腸内環境に良い影響を与えるのかというメカニズムの理解が不足しています。なんせ何兆という細菌がいて、それらが別の腸内環境に住む何兆という細菌、そしてヒトの腸管上皮細胞や食物残渣と出会うのですから、大変に複雑な現象なのです。

この研究の核となる考え方は、"便移植による治療効果を発揮する上で、必要となる細菌群集が存在する"、ということです。つまり、健康なヒトの便をなんとなく疾患患者に与えるのでなく、健康なヒトのこの細菌が効くから投与するという考え方です。しかし、しらみつぶしにすべての細菌の組み合わせで検証をしていては、天文学的なコストが必要になります。そこで、この研究ではトップダウン・アプローチを取り、そのような細菌群集を明らかにすることを試みました。

具体的には健康な方5名(ID: A, F, I, J, K)から便を募り、肺炎桿菌を予め定着させた無菌マウスに対して経口で便移植します。何れの便移植によっても、腸内の肺炎桿菌が著しく減少することが確認されました。これとは別に、便から腸内細菌の単離培養を行います。結果として、100を超える細菌株を単離してきます。単離した細菌を混ぜて、肺炎桿菌を定着させた無菌マウスに投与し、便移植したときと同等のデコロナイゼーションを確認できる細菌群集を調査します。調査の結果、ドナーFの方の便から単離された細菌31株のミックスが最もデコロナイゼーションに効果的だと分かりました。ここから、抗生物質の投与、肺炎桿菌の存在量と逆相関を示すことを始めとする条件に基づき、細菌31株を18株までスクリーニングしました。この細菌18株のミックスは、IDを取ってF18ミックスと呼ばれていました。他にも、潰瘍性大腸炎患者の便を定着させて、大腸菌に対するF18ミックスのデコロナイゼーションの効果が発揮されていました。この後の研究で、F18ミックスは、肺炎桿菌とグルコン酸などの栄養の競合関係になることで、デコロナイゼーションの効果を発揮するということでした。これが、タイトルにEcological Controlと入っていた所以です。

このように、FMTによって腸内細菌科を排除する原理が、トップダウン・アプローチにより明らかになったことは、便移植の臨床応用に重要な洞察を与えてくれます。栄養競合が鍵なのであれば、今回の18細菌種を用いる以外にも、食事制限を始めとする様々なやり方が考えられますし、不必要に便移植される細菌を減らすことで感染症や薬剤耐性遺伝子の水平伝播リスクを抑えることも出来ると思います。そんな、これからの生菌製剤を考える上で、マイルストーンとなる(と個人的には考えている)研究をご紹介しました。

おわりに

本日は1エピソードにて紹介してしまいましたが、10回分に分けても足りないくらい、たくさんの実験的検証を行っています。今回のエピソードでは、本当に内容の一部しか紹介できていません。

便移植のコアとなる細菌群集に迫る様は、推理小説を読んでいるような気持ちにさせてくれます。

ぜひ、本日のエピソードを聴いた人は、原著論文を一度で良いから眺めてみてください。30人を超える研究者の叡智を感じることが出来ます。文章、図ともに読んでいて興奮する論文でした。

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。

それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

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