#429 腸内細菌叢の共有に重要なのは個体同士の接触と生息環境のどっち?モリアカネズミの研究から。

更新日: 2024/11/15

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投稿者:

  • Daisuke Suzuki

#429_note

毎週金曜日、19:30に更新中の腸内細菌相談室。室長の鈴木大輔がお届けします。

今回のエピソードでは、個体間での細菌の交換に関する研究をご紹介します。私達人間は、距離や方法の違いこそあれど、基本的に何らかの形で関わり合っています。関わり合うということは、直接的、あるいは間接的に相手と物質的なやり取りをしているということです。握手やハグなどは直接的、皆が触るつり革や手すり、椅子などは間接的に物質をやりとりする媒体として機能します。これまでに、この関わりを通して細菌の交換が行われることも研究されてきました。

そこで本日は、直接的、あるいは間接的な経路のどちらが細菌の共有により強く関与しているのかを示した研究をご紹介します。

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

それでは本編です。

モリアカネズミをモデルとした細菌の拡散

本日ご紹介する研究は、2024年5月1日にNature Ecology & Evolutionへ公開された論文、”Social and environmental transmission spread different sets of gut microbes

in wild mice”に掲載されています。訳すと、社会および環境を介した移行が、野生のネズミにおいて異なる腸内細菌を拡散する、となります。論文の内容を踏まえて意訳すると、社会的な移行経路と環境を介した移行経路によって、ネズミの間を移動する腸内細菌が異なるということです。

本研究は、フィンランド、アイルランドおよびイギリスの共同研究で、オックスフォード大学の方が筆頭著者になっています。研究の舞台もオックスフォードのHolly Hillという森で、そこに棲むモリアカネズミを対照とした観察を行いました。ここではモリアカネズミをマウスと略称します。マウスには、Passive Integrated Transpounder (PIT)と呼ばれる中継機をセットし、ラジオ波によるトラッキング技術で行動パターンを定量化しています。マウス間のソーシャルネットワークの定量化にもこのデータを使用していて、Adjusted Simple Ratio Indexという既報で使用された指標を算出しています。この指標では、12時間以内にあるマウスAおよびBが同じ場所にいる夜の数をもとに、マウス間の関係の強さを推定します。夜なのは、マウスが夜行性だからです。

また、マウスの巣間の重なり、overlapをもとに行動エリアの重複を定量化し、マウスの棲むエリアの植生をもとに、生息地間の類似度をBray Curtis指数で算出しました。

約10ヶ月の試験の結果、189匹のマウスに由来する362個の糞便サンプルを採取し、16SrRNA遺伝子に基づく細菌群集の定量化を行いました。結果、全体で1455株の菌種が同定され、一匹当たり平均して180株が便中より検出されました。

腸内細菌叢は、マウス個体ごとに大きく異なる一方で、サンプリングの時期によっても変動することが確認されました。

ソーシャルネットワーク、すなわち個体間の関係を調べると、10ヶ月の計測期間を通して1匹あたり平均6.4匹との関連が確認されました。また、秋ごろと比較すると春ごろに個体間の関連性が強まる傾向が確認されました。テリトリーの重複は、春では雄間で最も大きく、雌間で最も小さいことが確認されました。秋には雌雄間でのテリトリーの重複度合いは似通っていたということです。

個体間の関連度、テリトリーの重複、生活圏における植生の類似性の間で相関を確認すると、テリトリーの重複度と植生の類似性の間には相関がある一方で、個体間の関連度とテリトリーの重複、あるいは生活圏における植生の相関は小さかったとのことです。

では、個体間の関連度、テリトリーの重複、生活圏における植生の類似性 と、腸内細菌叢の関連解析です。細菌叢の類似度は、Jaccard係数と呼ばれる集合間の類似度を表す指標によって評価されました。解析の結果、個体間の関連度、テリトリーの重複、生活圏における植生の類似性と、細菌叢の類似度はいずれも正の相関関係を示していました。特に、テリトリーの重複、あるいは生活圏における植生の類似性と細菌叢の類似度間の関連と比較して、個体間の関連度と細菌叢の類似度の関連は8倍より強かったそうです。

続いて、腸内細菌叢を構成する細菌が嫌気性細菌なのか、そして芽胞形成性なのかをBergey’s Manual of Systematic of Archaea and Bacteriaにより分類しました。例えば、細菌が酸素存在可でも生存・増殖できたり、芽胞によって環境の変化に耐えることができれば、個体間を移動する上で有利に働くことが考えられます。解析の結果、土壌と腸内に共有されるほぼすべての細菌は、酸素耐性のある細菌でした。また確率モデルを用いた解析の結果、酸素存在下では生きていけない偏性嫌気性細菌の細菌は、個体間の関連度と相対的に強く関係することが示されました。この結果は、個体間での接触が、嫌気性細菌の交換に関与することを示唆しています。

また、酸素耐性がある芽胞形成菌、酸素耐性のない芽胞形成菌、酸素耐性のある非芽胞形成菌、酸素耐性のない非芽胞形成菌と細菌をカテゴライズし、個体間の関連度、テリトリーの重複、生活圏における植生の類似度との関連性を評価したところ、酸素耐性のある芽胞形成菌とテリトリーの重複度に有意な関連が確認されました。

本論文で強調している点をまとめます。個体同士が関連していると保有する嫌気性細菌叢も類似し、テリトリーが重複すると酸素耐性のある芽胞形成細菌叢が類似することが示されました。つまり、細菌にとっては酸素の有無を始めとする環境の変化が、個体間における移動の妨げとなっていることが示唆されたことになります。特に、モリアカネズミについては、テリトリーの重複度や生息地における植生の類似度と比較して、個体同士の関連が細菌叢の共有において重要であると示唆されました。

参考文献

Raulo A, Bürkner PC, Finerty GE, et al. Social and environmental transmission spread different sets of gut microbes in wild mice. Nat Ecol Evol. 2024;8(5):972-985. doi:10.1038/s41559-024-02381-0

https://www.nature.com/articles/s41559-024-02381-0

おわりに

今回調査の対照となったモリアカネズミは、ヒトとは異なる習性、食習慣で生きていることには注意が必要です。例えば、現代社会に生きるヒトは毛づくろいをしたり互いを舐め合ったりすることはありません。一方で、酸素や芽胞形成性が細菌の移行に重要であることが示された点は、ヒト間の細菌の移動についても有益な知見です。

それにしても、モリアカネズミは可愛いですね。

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