現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。
突然ですが、科学ポッドキャストのレン様が主催している企画に参加する運びとなりました!企画の概要は、様々なポッドキャスターが科学✗〇〇についてのお話を募るというもの。今回のテーマは"発明"ですので、腸内細菌相談室では糞便微生物移植について取り上げます!
企画概要ページはこちらです。
https://note.com/ren_scientalk/n/n852e9c6da28a
糞便微生物移植とは、健常者の糞便=うんちを、患者の腸内に移植する腸関連疾患の治療法です。
糞便微生物移植の発明によって、腸内環境を短期間で大きく変化させ、一部の疾患を治療することができるようになりました。突拍子もないアイデアのように感じるかもしれませんが、非常に効果的です。
糞便微生物移植とはそもそも何なのか、どこで生まれたのか、何がメリットなのかという順番でお話していきます。
このお話は、聴いて楽しむポッドキャストでも公開しております!ぜひ遊びに来てください!
https://open.spotify.com/show/5cg5yMYD7FA9NQSSbksEVx
糞便微生物移植とは、健常者の糞便を採取後に、採取した糞便を内視鏡により患者の腸内へ移植する治療法となります。英語ではFecal Microbiota TransplantationでFMTと略称されます。
何故糞便を移植することが、腸における特定の疾患の改善に繋がるのでしょうか。それは、ヒトのもつ腸内環境と腸内細菌叢の関係が密接に関係しており、腸内細菌叢への介入によって腸内環境が変化するためです。
腸内細菌叢と関係が確認されているヒトの疾患は、腸に関連するものとして炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、偽膜性大腸炎、大腸がん、代謝性疾患として肥満症や糖尿病、神経疾患として多発性硬化症やパーキンソン病などが確認されています。
注意点として、相関関係などの関係である点、現在もこの分野は研究途上といえるでしょう。つまり、腸内細菌叢とヒトの間で行われる物質の交換の全貌は、依然として謎が多いのです。
話を戻しましょう。糞便には、1gあたり1000億個もの細菌が存在します。2022年11月現在の世界人口は約80億人なので、世界人口の12.5倍の命が糞便1gに宿されているのです。とてつもない菌の塊がうんちです。
ですから、腸内に住む腸内細菌叢への介入を行う際に糞便を使用することは、超高密度な細菌を与える点で合理的なのです。糞便移植の際には、患者から採取してすぐの新鮮便や、一度感染スクリーニングなどを経る凍結便が用いられます1*。
糞便微生物移植の起源は古く、紀元4世紀の中国にさかのぼります2*。当時からすると、かなり飛躍的で怪奇なことをやっているなと、思われたことでしょう。微生物の存在がまだ明らかになっていない紀元400年における発明なので、ヒトの体に対する優れた洞察力があったと言えるでしょう。
糞便微生物移植は、長らく日の目を見ない治療法でした。というのも、化学物質や抗生物質の内服など、感染症などに対しての有効な対抗手段が既に存在したからなんですね。しかし、抗生物質に対して耐性を示す耐性菌や、様々な抗生物質に対して耐性を示す多剤耐性菌の誕生によって、物質による対処ができない疾患が誕生しました。
偽膜性大腸炎も、そのような事情により感染症の一種です。偽膜性大腸炎とは、Clostridioides difficile菌の感染とそれに伴う炎症を示す感染症です。大腸の粘膜に、円形の滲出物が膜のように固着した病態を示すことから、偽膜性大腸炎という名前がついています3*。
C. difficile菌が定着するのは、抗生物質の服用などで腸内細菌叢のバランス不全、Dysbiosisが起こることによって生じます。炎症性腸疾患や過敏性腸症候群と異なり、原因菌が定まっている点は、対処がしやすいかもしれません。しかし、C. difficileに対して抗生物質投与をすることで、Dysbiosisが繰り返される他、C. difficileが抗生物質への耐性を獲得することで難治性の偽膜性大腸炎になってしまいます。再発をするC. Difficile菌感染症として、recurrent C. difficile infection (rCDI)とも呼ばれます。
抗生物質が有効ではない難治性のrCDI。そこに対して糞便微生物移植を治療法として採用したのがオランダのチームです。
臨床的に糞便微生物移植を行ったオランダの研究は、現在2500に迫る被引用数を誇る有名な研究となっています4*。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa1205037
ここでは、rCDI患者の十二指腸にドナーの糞便を注入することの影響を評価しています。手法としては、抗生物質のバンコマイシン投与4日間と糞便微生物移植を行う患者群、バンコマイシン投与14日間の患者群、腸管洗浄とバンコマイシン投与14日間の患者群で効果検証を行います。
試験途中の解析後、試験は中断されました。糞便微生物移植を受けた患者についての治療効果が、その他の群と比較して非常に大きかったのが明白だったのです。
解析の結果、1回の糞便微生物移植によって81.3%、他のドナーの糞便微生物移植を組み合わせた場合には全体の93.8%が回復しました。一方、バンコマイシン単独投与群では30.8%、腸管洗浄とバンコマイシン単独投与群では23.1%が回復しました。
糞便微生物移植によって、患者の糞便中の細菌叢多様性が増加したほか、組成も変化していることが確認されました。オランダ、アムステルダム大学の研究チームによる、糞便微生物移植の再発見と臨床応用の瞬間です。
ここまでに、糞便微生物移植の発明についてお話をしてきました。しかし、依然として適応範囲は限られており、研究開発の段階にあると言えます。また、糞便のスクリーニング不足に伴う多剤耐性菌への感染、凍結糞便をストックする糞便バンクの整備など、まだまだシステムとしても発展途上です。
日本における糞便微生物移植は、欧米と比較して遅れを取っているのが現状です。そこで、様々な団体が糞便微生物移植の社会実装に向けて動いているのが現状です。例えば、一般社団法人腸内フローラ移植臨床研究会やメタジェンセラピューティックスなどなど。
今後、4世紀に発明された糞便の臨床応用が、1700年の時を隔てた日本でも当たり前になり、病院でも気軽に相談できる日が来ると良いですね!
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それでは、本日も一日、お疲れさまでした。
1* 水野 慎大, 南木 康作, 金井 隆典, 糞便微生物移植の歴史,現状と未来, 日本消化器病学会雑誌, 2018, 115 巻, 5 号, p. 449-459.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/115/5/115_449/_article/-char/ja/
2* Zhang, Faming MD, PhD1; Luo, Wensheng MSc2; Shi, Yan CMD1; Fan, Zhining MD1; Ji, Guozhong MD1. Should We Standardize the 1,700-Year-Old Fecal Microbiota Transplantation?. American Journal of Gastroenterology: November 2012 - Volume 107 - Issue 11 - p 1755 doi: 10.1038/ajg.2012.251
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23160295/
3* 重篤副作用疾患別対応マニュアル 偽膜性大腸炎, 厚生労働省, 平成20年3月, Access: 2022/10/31, https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1g05.pdf.
4* N Engl J Med 2013; 368:407-415 DOI: 10.1056/NEJMoa1205037