現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。
本日は、長寿者のもつ共通の性質についてお話します。
(参考文献は文末に記載しております)
人類は、古くから不老不死に魅了されてきました。中国の始皇帝は、水銀を不老不死の薬であるとして摂取し、自身を死に至らしめています。日本を始めとした多くの国でも、伝記には不老不死を題材とした物語が綴られています。死が人類が遠ざけたい対象の一つというのは、永遠のテーマかもしれません。
人類が科学を発展させ、顕微鏡を開発して微生物を発見し、病気の発症について理解を得て、人体への構造に深い理解を得た現代、寿命は大きく伸びていると言えます。しかし、何かをすれば寿命が伸びるという方法はなく、半ば運命に身を委ねているヒトも多いのでは無いでしょうか。
今回の論文では、長寿者の腸内細菌を調べることで、共通する要因を調べています。つまり、腸内から長寿者を真似ることができるようになるかもしれないのです。そして、注目すべきは、この研究を日本の理化学研究所、慶應義塾大学医学部が先導して行っている点にあります。ラストオーサーの本田賢也先生は業界では有名で、独自の実験系を持っています。
この内容は、ポッドキャストでもお楽しみ頂けます。
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複数の集団から、若年健康ドナー、高齢者ドナー、百寿者および百寿者直系親族の糞便サンプルおよび血液サンプルを採取しました。糞便サンプル中の胆汁酸はLC-MS/MSと呼ばれる手法で定量しています。LC-MS/MSとは、液体クロマトグラフィーと呼ばれる手法により、液体中の物質をカラムと呼ばれるろ過装置のようなものに通すことで、カラムに親和性の高い物質と低い物質を分離して、対象の物質について調査する手法になります。
分析の結果、百寿者の便中には二次胆汁酸の一種であるイソアロリトコール酸と呼ばれる物質が多いことを発見しました。
胆汁酸とは、肝臓で作られるステロイド化合物で、中性脂肪の分解に重要なリパーゼの活性化や、脂質とミセルを形成することで脂質の吸収を促進する効果があります。
二次胆汁酸とは、一部の胆汁酸が腸内細菌により代謝されることで形成される物質です。今回注目を集めるイソアロリトコール酸も、二次胆汁酸に分類されます。
イソアロリトコール酸は、多剤耐性菌を含む一部の病原性細菌に対して強い抗菌活性を有しており、マウス実験においてもこの効果を実証しました。例えば、偽膜性腸炎という腸管炎症を引き起こすClostridioides difficile菌を排除することが示されました。
百寿者の糞便から68菌株の腸内細菌をスクリーニングした結果、イソアロリトコール酸を生成する、Parabacteroides merdae、Odoribacter laneus、Odoribacteraceaeという細菌株が見いだされました。
これらの細菌が存在することで、二次胆汁酸のイソアロリトコール酸が生成され、結果として病原性細菌の増殖を抑制し、健全な腸内環境が維持されているのでは無いかと筆者らは考えています。
研究の限界点としては、交絡因子の存在によって、百寿者において観察されたイソアロリトコール酸産生菌の増殖の主要な原因を調べることができなかったことです。百寿者特有の胆汁酸と長寿の因果関係については、今後も時間横断的な研究の継続が必要であるとしています。
本研究についてまとめると、次のようになります。
イソアロリトコール酸が沢山便中に確認された
イソアロリトコール酸を生産する菌株3種類が分離された
イソアロリトコール酸は病原性細菌に抗菌活性を示すことから、腸内環境の保全に役立っていることが示唆された
いずれにせよ、長寿な方の腸内細菌叢の性質が明らかになったのは、非常に喜ぶべきことです。なぜなら、腸内細菌叢は究極的には可変であることから、私達も長寿者の腸内細菌叢の恩恵を預かれるかもしれないからです。
本日の記事は以上になります。
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それでは、本日も一日、お疲れさまでした。
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03832-5
Sato, Y., Atarashi, K., Plichta, D.R. et al. Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians. Nature 599, 458–464 (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03832-5