現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。
腸内環境を理解するために必要な、生物学の基礎から応用を網羅する本シリーズ。今回で第6回目に突入しました。前回までに、細胞が集まって組織が構成され、組織によって腸が構成されることを見てきました。腸には細かな命名がされていることや、小腸や大腸の役割が異なることをご理解頂けたかと思います。
今回はついに、腸内細菌相談室の主役である、腸内細菌が登場します。テーマは、腸内環境の成り立ちと腸内細菌についてです。まずは、腸内環境の階層構造についてのお話から始めます。
このお話は、聴いて楽しむポッドキャストでも公開しております!ぜひ遊びに来てください!
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まずは、前回お話していない腸の話をしていきます。前回お話したのは、器官という大きなスケールで見た腸であり、腸がどのような部位によって構成されているか見てきました。では、それぞれの部位は、どのように構成されているのか。つまり、細胞が集まってできる組織レベルでは、どのような構造になっているのでしょうか。この点について、詳しく見ていきましょう。
腸という器官は、消化管の一部です。消化管は、食物を摂取してから分解し、吸収して排泄するまでの一連の機能をもった器官系です。消化管には共通した構造が見られます。
共通した構造としては、粘膜、粘膜下層、粘膜筋層、漿膜という階層構造になっています。バームクーヘンを想像してもらうと、それに似た構造です。バームクーヘンの内側から、粘膜、粘膜下層、粘膜筋層、漿膜といった具合です。それぞれの構造についても、深堀りすると色々面白いのですが、ここでは、腸内細菌との相互作用が起こる粘膜に注目します。
粘膜は、粘膜上皮、粘膜固有層、粘膜下層からなる層状の構造で成り立っていて、粘膜上皮の外側には粘液が分泌されています。粘液により構成される層にも名前がついていて、外側=腸内細菌とより接する層を外粘液層、粘膜に近い層を内粘液層と呼びます。この、粘液層および粘膜の存在によって、私達は腸内細菌との絶妙な距離を保っているといえます。
粘膜の一歩外側に存在する無数の腸内細菌は、共生関係を築いてはいるものの、別の生物です。したがって、適切な距離を保たなければ、体内に侵入され、炎症や感染症を引き起こします。そこで、粘膜による防御機構=粘膜バリアが必要になるのです。
粘膜バリアの機能については、日本生化学会の出している記事が参考になります。粘膜バリアは物理的機能と化学的機能に分類することが可能です。物理的機能については、粘液の分泌による粘膜の保護や腸内細菌の粘膜への接着の防止、粘膜を構成する腸管上皮細胞に発現している糖分子による細菌侵入の防止、腸管上皮細胞の間をしっかりとつなぎとめる密着結合や接着結合などが知られています1*。
粘膜バリアの化学的機能については、腸内細菌に対しての抗菌活性を示す分子の分泌や、細菌の鞭毛タンパク質に好んで結合するタンパク質を分泌することで細菌の運動性を低下させる機能が知られています1*。
このようにして、腸管における粘膜バリアは高度に発達することで、腸内細菌と絶妙な距離感を築いているのです。
ここまでは、腸内細菌を自己=自分自身に対する非自己として取り扱ってきました。しかし、腸内細菌は腸内環境の発達、特に免疫機能の発達や維持に重要であることが分かっています。
例えば、セグメント細菌として分類される細菌は、腸管上皮細胞にずぼっと侵入することで、免疫細胞の一種であるヘルパーT細胞の分化の一端を担っていることが分かっています2*。他にも、無菌マウスのリンパ節の発達が従来マウスと比較して悪いなど、免疫機能と腸内細菌は切っても切り離せない関係にあります。
もちろん、炎症を起こさずに免疫機能を発展させる上では、免疫寛容と呼ばれる異物を受け入れる機能が重要です。ここでは、制御性T細胞などの炎症応答を抑える免疫細胞が重要になってきます。
私達は、腸内細菌との共同体です。アメリカの分子生物学者であるジョシュア・レーダーバーグ博士は、ヒトと微生物のような生命共生体のことを、超生命体(Superorganism)という概念で表現しています。生き物としては別であっても、もはや分離不可能な存在。それが腸内細菌です。
ここまでに、腸における腸内細菌の位置づけや、粘膜バリア機能、免疫機能の発達についてお話してきました。異物であるが必要な腸内細菌は、免疫機能の発達の他にも様々な機能があることが、現在続々と明らかになってきています。今後も、腸内細菌相談室では、腸内環境にまつわる細菌の知見をお届けしていきます!
私達とDNAの関わりについてお話をはじめてから、再び私達のお話に戻ってきました。ここからは、腸内環境理解のための生物学後編が始まります。次回は、わたし達の祖先と核酸についてお届けします。2022年の最新ノーベル賞研究についてもお話するので、お楽しみに!
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それでは、本日も一日、お疲れさまでした。
1* Journal of Japanese Biochemical Society 89(5): 731-734 (2017)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2017.890731.
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2017.890731/data/index.html
2* 福田真嗣/編 (2019), 実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ, もっとよくわかる!腸内細菌叢, 健康と疾患を司る“もう1つの臓器”, 羊土社, 4) 腸内細菌は宿主の免疫系を発達させる, 25-26.