#212 Fusobacterium nucleatumは大腸がん細胞の上皮間葉転換を介してがんの進行を促進する。

更新日: 2023/03/29

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現役の研究者である鈴木大輔が、腸内細菌にまつわるエピソードをお届けしております🦠

今回のエピソードでは、前回に引き続いてFusobacterium nulceatum (ヌクレアタム菌)に関連する研究成果をご紹介します。ヌクレアタム菌は、大腸がん細菌として注目されており、大腸がんの進行にどのように関係するのか詳細な研究がなされています。

今回紹介する研究は、ヌクレアタムと大腸がん細胞の上皮間葉転換について論じた、2020年9月23日発表の"Fusobacterium nucleatum Accelerates the Progression of Colitis-Associated Colorectal Cancer by Promoting EMT"です。この研究成果も、前回同様ヌクレアタム菌亜種のEMTについて第96回細菌学会総会で発表していたポスタープレゼンターの方にご紹介いただきました。かなりニッチな研究内容ですが、大腸がんと腸内細菌の関係について示唆に富んだ結果を報告しています!

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上皮間葉転換

上皮間葉転換の説明を、東京大学発表のプレスリリースの記述から引用します。

様々な増殖因子刺激(TGFβ、EGF、HGFなど)に応じて、上皮細胞が上皮マーカーであるE-カドヘリン(細胞同士を連結して繋ぎ止める分子)の発現を失い、運動能の高い間葉系細胞の性質を獲得する現象

新規ERK基質分子MCRIP1による上皮間葉転換の制御
~ERKシグナルによる癌抑制遺伝子のジーン・サイレンシング~
市川ら、東京大学医科学研究所、Access: 20230322
URL: https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/research/papers/erkmcrip1erk.html

E-カドヘリンは上皮細胞間をつなぎとめる上で重要なタイトジャンクションを形成することから、ある刺激によって上皮間の繋がりが失われることで細胞が移動しやすくなる現象を指します。EMTががん細胞にて起ると、がんの浸潤転移=がんの進展につながることから問題となります。

本報告では、ヌクレアタム菌が大腸がん細胞に働きかけることで、がん細胞のEMTが起るということが確認されています。

使用する細胞と試験方法

本試験で使用する細胞は、3種類の大腸がん由来の細胞です。具体的には、ヒト回盲腺癌由来の上皮細胞HCT-8(1)、ヒト結腸腺癌(鎖骨リンパ節)由来の上皮細胞LoVo(2)、ヒト結腸腺癌由来の上皮細胞LS 174T(3)を使用します。

試験方法は、3種類の大腸がん細胞とF. nucleatumを共培養する上でデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)による大腸炎モデル系を構築し、ヌクレアタムの細胞への接着侵入を観察したり、細胞の成長速度や生存率、コロニー数を確認します。また、大腸がん細胞の形態学的変化を調査するために、免疫蛍光分析を行い、E-cadherinやフィブロネクチンなどのタンパク質発現量も求めます。また、創傷治癒アッセイによりF. nucleatumにより大腸がん細胞の運動性が向上しているか確認したり、大腸がん細胞の幹細胞性の確認を行います。さらに、C57BL/6マウスに対して、アゾキシメタンとデキストラン硫酸ナトリウム投与による腫瘍形成マウスへヌクレアタムを投与することで、腫瘍形成の評価も行うなど、詳細な解析を行っています。

ヌクレアタムによる大腸がん細胞の上皮間葉転換がin vitroおよびin vivoで確認

実験結果から、DSSで処理した大腸がん細胞に対してヌクレアタム菌を投与したところ、がん細胞の運動性や上皮間葉転換の特性の獲得が示唆されました。

また、大腸がんモデルマウスを用いた実験では、ヌクレアタム菌の投与によって大腸がん細胞の悪性度が増加していました。例えば、腫瘍形成の数は多くなり、E-カドヘリンの水準は低下、E-カドヘリンの発現を抑制するsnailのレベルは増加するなど、上皮間葉転換の傾向が確認されています。

ヌクレアタムが大腸がん細胞に影響を与えるメカニズムとしては、プロテインキナーゼB(AKT)や細胞外シグナル制御キナーゼ(ERK)を含む上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor: EGFR)経路の活性化により起こっていることが明らかとなりました。

先行研究の結果と併せて、ヌクレアタム菌の大腸がん細胞に対する接着侵入による直接的な影響、ヌクレアタム菌が分泌するLPSにより発がん性のシグナリングが起こっていることを著者らは考察しています。

このように、腸内細菌がヒトのがん細胞の悪性度を高め、がんの進行に関与することが報告されています。ここから、大腸がんの予後を改善するために、ヌクレアタム菌をターゲットとした創薬などが考えられます。物凄く興味深い現象でしたね。

以上、Fusobacterium nucleatumが大腸がん細胞の上皮間葉転換を介してがんの進行を促進するというお話でした。

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また次回、お会いしましょう!
本日も一日、お疲れさまでした。

参考文献

Yu, Mi Ra et al. “Fusobacterium nucleatum Accelerates the Progression of Colitis-Associated Colorectal Cancer by Promoting EMT.” Cancers vol. 12,10 2728. 23 Sep. 2020, doi:10.3390/cancers12102728

本研究で使用されたがん細胞系列

1) HCT-8((凍結)), 細胞.jp、株式会社ケー・エー・シー、Access: 20230322.

https://www.saibou.jp/kensaku/result/?id=EC90032006-F0

2) LoVo((凍結)), 細胞.jp、株式会社ケー・エー・シー、Access: 20230322.

https://www.saibou.jp/kensaku/result/?id=EC87060101-F0

3) LS 174T((培養)), 細胞.jp、株式会社ケー・エー・シー、Access: 20230322.

https://www.saibou.jp/kensaku/result/?id=EC87060401-G0


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