現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。
炎症反応の惹起と密接に関与する転写因子NF-κBの腸内環境における役割に迫る本シリーズ。前回までに、腸内環境においてNF-κBを考えることの重要性と、転写調節の仕組みについてお話しました。今回は、NF-κBと腸内細菌や疾患の関連に迫っていきたいと思います。
早速、NF-κBと腸内細菌の世界へ潜っていきましょう!
この内容は、ポッドキャストでもお楽しみ頂けます。
前回までに、NF-κBが転写を調節するメカニズムについてお話しました。でも、重要な点を論じていません。それは、NF-κBがゲノム上のどの領域の転写を調節するかについてです。
結論は、場合によりけり。つまり、NF-κBの機能が発現する状況に依存して、様々なゲノム領域の転写を調節することが分かっています。一例としては、抗原の認識による炎症応答では、細胞障害性T細胞の活性化を行います。
つまり、異物を排除する点でNF-κBは有用な免疫応答を助長します。一方、がん組織において活性化しているNF-κBは、腫瘍形成反応の促進やアポトーシスの抑制を行うことで1*、がんの進行に対して有利な反応を促進することも知られています。
続いては、腸内細菌とNF-κBの二者共存系についてです。大腸がん関連細菌であるFusobacterium nucleatumは、腫瘍形成モデルマウスであるApcmin/+マウスへの定着によって腫瘍の数を増やしたりする、つまりがんの進行に影響を与えることが示唆されています。
F. nucleatumがTLRへのシグナル伝達を行い、NF-κBの活性化を行うことで、マイクロRNAの発現が亢進し、RASA1遺伝子という細胞分裂および分化のシグナルを抑制する遺伝子の発現を抑制することが分かっています2*。つまり、腫瘍形成や増殖の抑制に関与すると考えられる遺伝子を抑制するという、間接的な影響によってNF-κBは重要なのです。
以降は、更に登場人物が増え、腸内細菌、酪酸、そしてNF-κBのお話です。
酪酸は、免疫応答に関連する物質として、近年注目を集めています。それに伴って、腸内の酪酸生成菌も注目されています。
腸内環境における免疫応答に関連する疾患として、炎症性腸疾患があります。炎症性腸疾患は、腸内における炎症の増悪と寛解を繰り返す疾患であり、現在は難治性の疾患です。炎症性腸疾患と腸内細菌叢の関連は、様々な研究により報告されていますが、酪酸生成菌もその一端を担っています。
例えば、炎症性腸疾患の一種であるクローン病患者の腸内細菌叢については、Clostridiumなどの酪酸生成菌が減少していることが報告されており、酪酸にはNF-κBの活性化を阻害することが報告されています3*。
また、好中球におけるGPR41やGPR43受容体に短鎖脂肪酸が影響を与え、結果としてNF-κBの活性化と炎症性サイトカインの産生を阻害することも報告されています*4,5。プロバイオティクスやプレバイオティクスによる腸内の酪酸生成菌、酪酸の存在量をコントロールすることで、今後腸内における炎症をコントロールできるかもしれません。
前回と今回に分け、NF-κBの転写因子としての機能やそれを支えるメカニズム、腸内細菌や腸内細菌生成物質の関連性を紹介してきました。
NF-κBの生化学は非常に複雑です。ですから、論文などでこの記述を読むと、NF-κBの機能を知らない限りは、なかなか理解が進まないこともあります。一連の記事を通して、NF-κBへの理解を深め、一歩進んだ腸内環境への理解の一助となれば幸いです。
以上、NF-κBについてのお話でした。
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それでは、本日も一日、お疲れさまでした。
1*
NF-κB調節プロセス, 【いまさら聞けないがんの基礎 6】NF-kB、 STAT3、HIF-1って知っていますか?, Thermo Fisher Scientific
Access: 2022/10/20
https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/cancer6/
2*
Shi C, Yang Y, Xia Y, Okugawa Y, Yang J, Liang Y, Chen H, Zhang P, Wang F, Han H, Wu W, Gao R, Gasche C, Qin H, Ma Y, Goel A. Novel Evidence for an Oncogenic Role of microRNA-21 in Colitis-Associated Colorectal Cancer. Gut. 2016; 65: 147
3*
安藤朗(2016), IBD 腸内細菌叢における酪酸高産生菌の減少, 日本臨床免疫学会会誌, 39(4), シンポジウム1 S1-3.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsci/39/4/39_289/_article/-char/ja/
*4
N.J. Kellow, M.T. Coughlan, C.M. Reid (2013), Metabolic benefits of dietary prebiotics in human subjects: a systematic review of randomised controlled trials, British Journal of Nutrition, 111(7).
https://www.cambridge.org/core/journals/british-journal-of-nutrition/article/metabolic-benefits-of-dietary-prebiotics-in-human-subjects-a-systematic-review-of-randomised-controlled-trials/1A7FB9FFAEE52BFBA26A9E5EF519F84B
5*
G.T. Macfarlane, S. Macfarlane (2011), Fermentation in the Human Large Intestine
Its Physiologic Consequences and the Potential Contribution of Prebiotics, ournal of Clinical Gastroenterology, 45, S120-S127.
doi: 10.1097/MCG.0b013e31822fecfe