現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。
本日は、ココナッツオイルや大豆油の摂取が与える、腸内細菌への影響についてお話します。高脂質な食事と腸内細菌叢の間には、かねてより強い関係があることで知られていました。ここでは、飽和脂肪酸を多量に含むココナッツオイル、不飽和脂肪酸を多量に含む大豆油を含む高脂肪食をマウスに与え、標準食を与えた場合との腸内細菌叢比較を行っています。
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脂肪酸には、飽和や不飽和といった形容詞がつけられます。分子構造を調べると、その違いが見えてきます。分子構造を調べると一目瞭然ですが、ここでは文章での説明を試みます。内容は有機化学の分野です。
脂肪酸の分子構造を復習してみましょう。脂肪酸は、炭化水素と呼ばれる炭素と水素が鎖のように結合した構造と、カルボキシル基と呼ばれる水素イオン放出部位に分けられます。飽和と不飽和の違いを生むのは、炭化水素の構造に関係しています。
炭化水素というと、水素と炭素によって構成される分子です。炭素原子は、最大4つの結合を作ることができます。ですから、炭素原子1つに対して水素原子は4つ繋がります。この分子は、最も簡単な炭化水素であるメタンです。
ここでの炭素と水素の結合を単結合と呼びます。
炭素は、炭素同士でも結合できます。そこで、炭素同士が連なって2つ結合し、残り6つの部位で水素と結合できます。これがエタンです。このように、炭化水素は、炭素同士の骨格+周りに結合する水素によって成り立っています。さらに、炭素同士で結合を2つ作ることができます。これを二重結合と呼びます。
単結合の炭化水素をもつ脂肪酸を、飽和脂肪酸と呼びます。
二重結合を含む炭化水素をもつ脂肪酸を、不飽和脂肪酸と呼びます。
二重結合の場合、炭素同士の二重結合の1つが開裂して、新たに2つの結合を行えることから、結合状態が飽和していない=不飽和と呼ぶのです。
不飽和脂肪酸にはリノール酸やαリノレン酸、アラキドン酸は体内で合成できない必須脂肪酸が含まれます。魚や植物に多く含まれています。一方の飽和脂肪酸は乳製品やお肉などに含まれています。
飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸は、化学構造が大きく違うように異る性質を持っています。前置きが長くなりましたが、その違いが与える腸内細菌への影響を調べるのが本研究です。
本研究では、3週齢の雌マウス36匹を3群にランダムで振り分けます。6週間飼育環境に慣れさせてから、マウスの体重を測定し、実験食の給餌を開始しました。食事は、高脂肪食と標準食に分け、高脂肪食はココナッツオイル飼料と大豆油飼料の2群を用意しました。
食事期間終了後のマウスの腸管を取り出して解剖し、観察や重量の測定等を行います。また、盲腸内容物を用いて腸内細菌叢の分析を行いました。血液中の総コレステロールとトリグリセリド(中性脂肪)の分析も行いました。
糞便微生物の分析をした結果、給餌2週間後についてココナッツオイル飼料群について大豆油群と比較すると、Thermicanus属菌などの割合が低く、Ruminococcus flavefaciensの割合が高い傾向にありました。
給餌8週間後についての比較では、ココナッツオイル飼料群について大豆油群と比較すると、Lactobacillus reuteriなどの細菌の存在量が有意に高くなり、Akkermansia muciniphilaは低くなりました。
標準飼料のマウスと比較して、ココナッツオイル飼料群や大豆油群について2週間摂取すると、Bifidobacterium animalis、Allobaculum、L. plantarumが有意に増加しました。一方、Aerococcusの割合は有意に低いことが分かりました。摂取8週目には、ココナッツオイル飼料群や大豆油群の両群ともに、L. plantarum、Lutispora、Syntrophomonasの相対量が増加し、Agrobacterium属の発現量は減少しました。
L. plantarumは、キムチや発酵茶に含まれる有用な乳酸菌であることが分かっています。
体重に関する比較をすると、(予想通りではありますが)標準給餌と比較してココナッツオイル給餌群や大豆油給餌群の方が増加傾向にありました。太ったということですね。また、血中コレステロールや中性脂肪については、ココナッツオイル給餌群について、大豆油給餌群および標準給餌群と比較して上昇していました。
8週間後、ココナッツオイル給餌群の腸内細菌叢は、大豆油給餌群と比較して、D-グルタミン代謝とリジン生合成を除くアミノ酸およびヌクレオチド代謝に関わる代謝経路は減少していることが分かりました。脂質代謝に関しては、α-リノレン酸代謝とリノール酸代謝が低く、グリセロ脂質代謝は高値いことが分かりました。8週間の食事介入後、ココナッツオイル給餌群では、標準給餌群と比較して、合計27の代謝経路がより多く、13の代謝経路がより少なくなっていました。一方、大豆油給餌群では、標準給餌群と比較して、2つのパスウェイのみが有意に変化した。
つまり、腸内にておこる分解や合成などの代謝経路を大きく変化させるのは、ココナッツオイル給餌群であるということです。
本研究の限界点は、ココナッツオイルと大豆油の違いは脂肪酸の不飽和度だけではなく、大豆フラボノイドの含有量もあるということです。大豆フラボノイドを多く含む食餌が腸内細菌叢の構成に影響を与える可能性があることを示した研究もあり、この点についてはさらなる調査が必要です。
まとめると、ココナッツオイルは大豆油よりもマウスの脂質代謝に大きな影響を与え、血漿中の総コレステロールと中性脂肪を有意に増加させることが分かりました。飽和脂肪の摂取は冠動脈疾患の発症に関係することから、多量の摂取には十分な注意が必要といえるでしょう。
脂質代謝はエネルギー代謝と密接に関わっていることから、食事の偏りに起因する代謝障害について、何らの関連があるという示唆を与えています。
今回の研究では、ココナッツオイルや大豆油が、腸内細菌叢に対して影響を与えるのか調査しました。腸内環境の保全上、L. plantarumを増やす点では良さそうですが、ココナッツオイルについては不飽和脂肪酸の代謝経路が少なくなっている点は気になります。
脂質摂取と腸内細菌叢は、重要なテーマですので、今後も最新の研究内容をお届けしていきます!
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それでは、本日も一日、お疲れさまでした。
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Patrone, V., Minuti, A., Lizier, M. et al. Differential effects of coconut versus soy oil on gut microbiota composition and predicted metabolic function in adult mice. BMC Genomics 19, 808 (2018). https://doi.org/10.1186/s12864-018-5202-z