#368 腸内細菌って健康と疾患にどう関係しているの? 

更新日: 2023/09/12

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毎週金曜日夜19:30に更新中の腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。

近年、腸内環境が注目を集めているのは、ヤクルトブームや多様なヨーグルトの商品展開から分かると思います。"腸内環境を整える"ことによって、健康や疾患の予防を目指す腸活は、特に30代からの女性に人気なように見受けられます (これは体感ですが…)。では、腸内環境を整えることが、どのように私達の健康に繋がっているのでしょうか。この点に対して回答するのは、実は結構難しいです。

そこで、今回のエピソードでは腸内細菌がどのように私達の健康や疾患に関わっているのか、現在わかっていることをベースにお話していきます。

腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわる研究結果を元に、最新の知見をお届けする番組です。継続的にエピソードを楽しむことで、腸内細菌について詳しくなることができるので、ぜひフォローをお願いします!

背景

まずは、大前提のお話から。腸内環境とは、腸管組織、腸管内を通る物質、腸管内に生息する生物を含む環境になります。腸は、水分や栄養素だけでなく様々な物質の吸収に関わる他、排泄にも重要な役割を果たします。腸内環境、体内と体外の物質の出入り口の1つとして考えることができるでしょう。

したがって、腸内環境の機能が損なわれると、不調を来すことは想像に難くないと思います。では、腸内環境と健康、疾患がどのように関係しているのかというと、明確に答えられる部分と答えられない部分があります。未完成のパズルなのが、この研究領域です。

では、このことを踏まえた上で本編に移ります。
でもその前に、クイズです!

腸内環境の健康のためには食物繊維を取ることが重要であると言われていますが、これは何故でしょうか?番組の最後で答えを発表するので、ぜひ最後までお付き合いください!

健康や疾患をどのように定義付けるか

では早速、腸内環境や腸内細菌と健康、疾患との関係について考えていきます。まずは、前提となる健康、疾患の定義についてです。皆さんは、健康や疾患をどのように定義しますか?

少し自分で考えてみてください。きっと、あなたが健康において大切にしている考え方が、その定義には含まれていると思います。室長であれば、健康とは身体的、精神的、社会的に不快感なく過ごすことができる状態と定義し、疾患は健康を損なった状態と定義します。

厚労省の定義によると、WHO憲章を訳した次の定義が見つかりました。

健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。

平成26年版 厚生労働白書, 第1部 健康長寿社会の実現に向けて〜健康・予防元年〜, はじめに
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/dl/1-00.pdf

ここから、先程自分で定義した内容と類似の内容な記載されていました。きっと私がどこかでこの記述を見ていて、記憶していたのかもしれません。少なくとも、健康であるためには、肉体的、精神的、社会的に良好である必要がある点、良好の程度によってヒトそれぞれ健康に対する捉え方が変わりそうです。

また、主観的にみては健康であっても、客観的には健康ではない場合もあるかもしれません。つまり、健康を害していることに気づいていない場合もありそうです。

裏を返すと、健康であることを証明する定量的な尺度は存在しないということになります。

ということで、健康とは何かを考えると、なかなか実体を理解することが難しいことをご理解いただけたかと思います。

一方、疾患となるとより明確な定義をすることができます。感染症であれば、感染症を引き起こす細菌やウイルスが体内に十分な数繁殖した結果として生じる疾患です。大腸がんであれば、大腸の上皮細胞に生じた腺腫ががん化して増殖する疾患を指します。健康と比較して疾患は実体を理解しやすいです。

このことを踏まえた上で、健康、疾患と腸内細菌の関係を見ていきましょう。

健康と腸内細菌

まずは、健康な状態を維持するために重要な腸管バリア機能についてです。
先述の通り、腸は身体における物質の出入り口の一つです。したがって、腸において必要なものを取り込み、不必要なものを取り込まない機能は非常に重要になります。

腸は、層状構造により成ることを前回のエピソードでお話しましたが、それぞれの層には役割が存在します。特に粘膜上皮組織は、外部の物質にさらされることから、ここでの生体防御が重要になります。腸管に備わっている生体防御の仕組みを腸管バリア機能と呼びます。

腸管バリア機能は複数の要素により実現されています。例えば粘液です。粘液は粘膜上皮細胞から分泌される粘性に富んだ液体で、腸管を保護したり腸内細菌が簡単には組織へ到達できないようにしています。例えば、粘液により構成される層状構造=粘液層には腸内細菌の鞭毛による運動を妨げるような物質が含まれていることが分かっています。

他にも、腸管上皮細胞間はタンパク質によって緊密に接合されています。この構造のことをタイトジャンクション=密着結合と呼び、腸管上皮細胞間からの不用意な物質の侵入を抑えます。

また、粘膜を構成する粘膜固有層には免疫に関する細胞が多く存在しており、異物の侵入に対処しています。

これらの腸管バリア機能は、健康の維持に重要なわけですが、腸管バリア機能の発達や維持には腸内細菌が重要であることが知られています。例えば、マウスを用いた実験では、細菌が存在しないと粘液の分泌量が減り、抗菌活性物質の分泌量も変化するこが分かっています。他にも、腸内細菌が存在することである酵素の分泌量が変化し、これがタイトジャンクションに関連するタンパク質の発現量を高めることが分かっています。

腸管バリア機能の維持には腸内細菌は重要です。

他にも、観察段階ではありますが、百寿者=百歳を超えたヒトの腸内環境は特殊であることが分かっています。例えば腸内環境には、二次胆汁酸の一種であるイソアロリトコール酸とこの二次胆汁酸を産生する細菌が発見されています。この物質は、一部の病原性細菌に対して強い抗菌活性を示すことから、百寿者の腸内細菌は腸内環境を脅かす病原性細菌の増殖への対抗策を持っていると考えられます。

健康や長寿に腸内細菌が関連することは間違い有りません。
ただ、どのような因果の方向で、関係しあっているのかについては、より詳細な今後の研究により明らかになってくることでしょう。

疾患と腸内細菌

疾患と腸内細菌は、非常によく研究されています。例えば大腸がん、糖尿病、うつ病、炎症性腸疾患、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)などです。

大腸がんや炎症性腸疾患は腸内環境でおこる疾患なので関係が想像しやすいですね。特定の細菌が発がん性物質を産生することで大腸がんのリスクファクターになるという研究成果、大腸がんの進展には特定の細菌のシグナリングが重要になるという研究成果、大腸がんの発症部位によって腸内細菌によるバイオフィルム形成が観察されるという研究成果などなど。医療福祉上の大腸がんに対する関心の高さからも、大腸がんについての研究は進んでいます。

炎症性腸疾患については、Ruminococcus gnavus菌が関連するという報告や、腸内細菌叢のバランス不全が関連するという報告があったりします。

うつ病患者については、慢性的な炎症が観察されますが、これが腸内細菌によってもたらされているという考え方が存在します。腸管バリア機能を構成するタイトジャンクションが損なわれることによって、選択的な物質の吸収機能が損なわれ、血流に炎症応答を引き起こす抗原が流れ込み、結果として慢性的な炎症が起こっていると考えられています。この点については、現在少しずつエビデンスが蓄積されているといった状況です。

ここでは概論的な腸内細菌と疾患の関係についてのお話にとどめておきます。疾患に対して、腸内細菌がどのように関わっているのか、その具体的な経路を考える参考になれば幸いです。

おわりに

いかがでしたでしょうか。腸内環境は健康や疾患と密接に関係することをおわかりいただけたと思います。だからこそ、腸内環境や腸内細菌を栄養する食事、適正な睡眠時間などは大切なんですね。

ではクイズの答えに移ります。

問題は、"腸内環境の健康のためには食物繊維を取ることが重要であると言われていますが、これは何故でしょうか?"というものでした。正解は、ヒトには分解できないタイプの食物繊維が腸内細菌によって分解されることで、有用な物質である短鎖脂肪酸が産生されるから!でした。

これからも一緒に腸内細菌や腸内環境について楽しく学んでいきましょう!

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この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!

参考文献

百寿者の腸内細菌叢について:Sato, Y., Atarashi, K., Plichta, D.R. et al. Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians. Nature 599, 458–464 (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03832-5.


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