毎日夜19:30に更新中!腸内細菌相談室。
現役の研究者である鈴木大輔が、腸内細菌にまつわるエピソードをお届けしております🦠
本日より、エピソードシーズン2が始まります。今後放送するエピソードでは、昨日のお話の通りあるテーマに沿って1週間のコンテンツをお届けします。しかし、本日は"木曜日"なので、1週間の始まりとしては適切ではないと考えました。そこで、来週の月曜日から、テーマに沿ったお話はスタートすることにします。それまでは、シーズン1の通り、腸内細菌や腸内環境にまつわる様々なトピックについて取り上げます。ちなみに、シーズンとはPodcastの配信者が設定できるエピソードの集まりのことであり、任意で設定することが出来ます。腸内細菌相談室では、#101からのエピソードを新たなシーズンとして区切ることにしました。
今回お届けするのは、ヒトやマウスではなく、昆虫の共生細菌にまつわるお話です。その昆虫とは、クロカタゾウムシです。ゾウムシ自体、あまり知名度が無い昆虫かもしれませんが、室長は森の中で見かけると結構嬉しい部類のかわいい昆虫です。ゾウムシは、名前の通り象のよう口吻、人間で言うところの口が伸びた形の虫です。体全体としては丸みを帯びていて、頑丈な外骨格で身を守っています。特に、クロカタゾウムシは非常に硬い外骨格をもつことで有名です。そんなクロカタゾウムシが固くなるには、共生細菌が重要であることを突き止めた研究をご紹介します。
本研究は、Anbutsuらによる"Small genome symbiont underlies cuticle hardness in beetles"という論文に報告されております。
このお話は、聴いて楽しむポッドキャストでも公開しております!ぜひ遊びに来てください!
https://open.spotify.com/show/5cg5yMYD7FA9NQSSbksEVx
今回の研究では、ゾウムシ類に共生する細菌のNardonella(以下、ナルドネラと呼称)に注目しています。ナルドネラは、1億年以上前からゾウムシ類と共生していると推定されている細菌です。しかし、ナルドネラの共生によるゾウムシへの影響については明らかにされてきませんでした。
本研究では、異なる4種類のゾウムシから得られたナルドネラのゲノムについて機能解析を行い、共生によるゾウムシへの影響を調査していきます。
ナルドネラは、NCBI系統分類によるとCanditatus Nardonella属菌、GTDB系統分類によるとNardonella属菌ということでした。
参考リンク:https://gtdb.ecogenomic.org/searches?s=al&q=nardonella)
今回の研究では、ナルドネラの機能をゲノムを解析することから推定し、抗生物質による除菌や代謝経路の不活化を行うことで推定結果を検証しています。
まずは、ナルドネラがクロカタゾウムシのどこに存在するのか調べていきます。クロカタゾウムシにおいては、腸内に存在する共生している細菌からなるバクテリオームと呼ばれる器官に存在することが分かりました。その他3種類のゾウムシについても、細菌の存在が確認されましたが、そのサイズや形状などは異なりました。
調査の結果、共生細菌としてはナルドネラが唯一の優占種であることも分かりました。ますます、ナルドネラとクロカタゾウムシの共生関係が気になってきますね。
また、ゾウムシに共生するナルドネラの全ゲノム解析を行いました、すると、0.20-0.23 Mbpと非常に小さいゲノムサイズであることが分かりました。この小さなゲノムには、複製、転写、翻訳という生存と自己複製に必須の代謝経路、アミノアシルtRNA合成酵素に関する遺伝子が含まれていることが分かりました。詳細な解析の結果、チロシンを除くアミノ酸合成酵素、ビタミンB群、補酵素の遺伝子を含めた、生物に重要な遺伝子をほとんど保有していないことが明らかとなりました。唯一、完全な代謝経路が確認されたのは、チロシンとペプチドグリカンの合成経路でした。ペプチドグリカンは、ナルドネラの細胞壁成分であることを考えると、ナルドネラはチロシン合成に特化した細菌であることが言えそうです。
全ゲノム解析の結果を検証するために、チロシンの合成機能を評価していきます。そこで、ゾウムシの細胞共生器官であるバクテリオームを用いた、アミノ酸合成能力の評価を行っていきます。結果、チロシンが多く合成されていることが確認されました。
先行研究では、クロカタゾウムシと細菌の共生関係が、温度が高い条件下では抑制されるということが明らかとなっています。そこで今回も温度を上げた上でチロシン合成評価を行ったところ、やはりチロシンの合成は抑制されました。ここから、クロカタゾウムシにおけるナルドネラはチロシン合成に関与する共生菌であることが示されました。
クロカタゾウムシの外骨格が硬いのは、クチクラと呼ばれる成分が原因です。クチクラの原材料はチロシンであることから、ナルドネラはクロカタゾウムシの外骨格形成に重要であることが、ここまでのお話から考えられます。実際に、抗生物質によってナルドネラのチロシン合成を抑制すると、柔らかいゾウムシが育ちました。
また、ナルドネラはチロシン合成に関与するものの、チロシン合成後のアミノトランスフェラーゼ遺伝子によるプロセスは行うことが出来ません。この遺伝子の活躍がなければ、やはりゾウムシは柔らかくなってしまうのです。
そこで、宿主のバクテリオームを調査した結果、アミノトランスフェラーゼ遺伝子が発現していることが確認されました。
クチクラの合成の最初の段階をナルドネラ、後の段階をゾウムシが担うことで、クロカタゾウムシの硬さは達成されることが判明しました。
このように、人間のみならず、多くの生物は共生細菌と代謝の役割分担を行っています。この考え方を応用すれば、旨味成分を沢山含んだ食べ物などを、遺伝子組み換えなど宿主のゲノムを改変することなく、微生物を添加することによって達成できるかもしれませんね。
以上、昆虫の硬化に重要な細菌ナルドネラとクロカタゾウムシについてのお話でした!
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H. Anbutsu, et al. (2017), Small genome symbiont underlies cuticle hardness in beetles, PNAS, 114(40), E8382:E8391.