#41 アスピリンが大腸がん関連細菌の増殖を抑制する。

更新日: 2022/10/02

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現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。

本日は、大腸がん関連細菌として注目を集めているFusobacterium nucleatum(以下ヌクレアタム菌と呼称)についての研究紹介です。研究の概略は、アスピリンの摂取がヌクレアタム菌選択的に増殖を抑制し、腫瘍の形成を抑制するというものです。アスピリンと聞くと、頭痛などに対して服用する鎮痛剤ですが、腸内細菌とはどのような関係があるのでしょうか。

この内容は、Podcastでもお楽しみ頂けます。

ヌクレアタム菌の増殖を抑制するアスピリン

アスピリンは、解熱鎮痛を目的として使用される薬剤で、抗炎症作用があります。作用機序としては、アラキドン酸からプロスタグランジンの変換を担うシクロオキシゲナーゼという酵素の活性を阻害することで、炎症抑制します。プロスタグランジンは、発熱や痛みを発生させる生理活性物質です。

ヌクレアタム菌とアスピリンにはどのような関係があるのでしょうか。今回の研究では、大きく分けて4つの調査を行っています。

  1. ヌクレアタム菌の培地にアスピリンを添加して増殖への影響を調査

  2. ヌクレアタム菌の培地にアスピリンを添加して、遺伝子発現量を調査

  3. 腫瘍形成モデルマウスへのヌクレアタム菌とアスピリン投与による腫瘍形成性の調査

  4. 大腸がん患者について、アスピリン服用群と非服用群でヌクレアタム菌の存在量を調査

これらの調査結果について順を追って説明します。

ヌクレアタム菌の培養とアスピリン

まずは、ヌクレアタム菌の培地にアスピリンを添加して増殖への影響を調査した結果について。アスピリンをヌクレアタム菌の培地に対して1 mM-10mMの濃度範囲で添加します。ネガティブコントロールとして、tryptic soy brothという培地成分を投与します。

結果、アスピリンの2.5mM以上の投与でヌクレアタム菌の増殖は大きく抑制され、5 mM以上の投与で増殖が見られなくなりました。また、アスピリンの部分構造であるサリチル酸の投与をした結果、アスピリン同様に2.5mM以上の投与でヌクレアタム菌の増殖は大きく抑制されました。

上記の結果は、アスピリンの影響についてFn7-1というヌクレアタム菌株で調査したものです。同様の調査をFn23726、Fn10953、FnCTl-1、FnCTl-2という別の菌株でも行っています。すると、菌株ごとに増殖曲線は変化しますが、いずれもアスピリンの2.5 mMの投与によって増殖が大きく抑制されていることが確認されました。

さらに、大腸がん関連細菌であるETBFや大腸菌についても調査を行っています。結果、アスピリンの2.5 mMの投与によって増殖は抑制されましたが、ヌクレアタム菌ほど劇的な増殖抑制効果は確認されませんでした。

ここから、ヌクレアタム菌についてアスピリンの感受性が高く、増殖が抑制されることが示されました。

ヌクレアタム菌の遺伝子発現とアスピリン

前節では、ヌクレアタム菌への2.5 mM以上のアスピリン投与が増殖を抑制することを示しました。そこで、1.0 mMおよび2.5 mMにおいてアスピリン投与が与える、ヌクレアタム菌の遺伝子発現量について調査していきます。

ここで、1.0 mMは増殖に対して影響が無いまたは小さく、2.5 mMは増殖抑制するアスピリン濃度です。

結果、1.0 mMの濃度でも遺伝子発現量に影響を与え、53の遺伝子について発現量が低下し、2の遺伝子について発現量が増加していました。2.5 mMの濃度では影響が顕著であり、155の遺伝子について発現量が低下し、55の遺伝子について発現量が増加する結果となりました。

ここで遺伝子発現量が低下していた遺伝子については、ヌクレアタム菌の接着関連タンパク質であるFap2や、輸送タンパク質、病原因子、ハウスキーピング遺伝子について挙げられました。

つまり、①ヌクレアタム菌と腫瘍形成に関連すると推定される遺伝子、②ヌクレアタム菌の増殖に関連する遺伝子の発現抑制が確認されたのです。

アスピリンとマウスの腫瘍形成

続いて、腫瘍形成モデルマウスへのヌクレアタム菌とアスピリン投与による腫瘍形成性の調査です。ここで使用するモデルマウスは、がん抑制遺伝子に対して変異の入ったマウス(APCMin/+マウス)です。

APCMin/+マウスへのヌクレアタム菌およびアスピリン投与の結果、ヌクレアタム菌の添加のみではポリープが3個程度、多くて14個発生したのに対して、アスピリンを投与することで腫瘍形成がなくなりました。

ここの研究を通しての仮説は、アスピリンがヌクレアタム菌の増殖を抑制し、ヌクレアタム菌の増殖抑制が腫瘍形成を抑制するというものです。しかし、この実験系では、アスピリンが腫瘍形成を抑制したという可能性を排除できません。

著者らは、今回のアスピリンの投与量は、腫瘍形成に対して与える影響はごく僅かであり、抗生物質の投与にて腸内細菌を死滅させた上で腫瘍量が減少するなどの介入研究があることから、アスピリンが腫瘍形成を抑制するよりも、ヌクレアタム菌の増殖抑制を経て腫瘍形成を抑制する可能性が大きいとしています。

大腸がん腫瘍中ヌクレアタム菌の存在量とアスピリン

最後に、アスピリンを服用している、あるいはしていない大腸がん患者のポリープにおけるヌクレアタム菌の存在量を比較しています。

結果、統計的に優位に(p < 0.05)アスピリンを服用している患者についてヌクレアタム菌の存在量が低下していることが確認されました。

結論

本研究では、一般に流通しているアスピリンが、大腸がん関連細菌であるヌクレアタム菌の増殖を抑制し、遺伝子発現量が変化することや、大腸がん腫瘍中での存在量が変化することを明らかにしました。

細菌特異的に効果があるということは、病原性細菌のみを狙い撃ちにして疾患の予防、進行の防止をする可能性を示唆しています。アスピリンという比較的単純な薬剤でも、腸内細菌叢に影響を与え、疾患との関連性が今後も明らかになってくるでしょう!

今後も腸内細菌相談室では、最新の研究成果を噛み砕いて説明してまいります。

わからないこと、難しいこと、紹介してほしいことがあれば、TwitterやInstagram、Noteコメント欄にてメッセージお待ちしております。

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それでは、本日も一日、お疲れさまでした。

参考文献

https://journals.asm.org/doi/10.1128/mBio.00547-21

C.A.Brennan et al., 2021, Aspirin Modulation of the Colorectal Cancer-Associated Microbe Fusobacterium nucleatum, Host-Microbial Interactions.


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