こんにちは。腸内細菌相談室の鈴木大輔です。
今回のテーマは、「健康に対して、乳酸菌飲料は本当に効果があるのか」ということをお話します。”乳酸菌が健康に良い”ということは前提として、①乳酸菌飲料がストレスや睡眠の質に影響を与えることができるのか、②腸内へ乳酸菌細菌を定着させることができるのか、ということを論文を根拠に考えます。
本記事に、Yakult1000の効果を否定する目的はなく、実験事実をお伝えすることを目的としています。
この内容は、ポッドキャストでもお楽しみ頂けます!
https://open.spotify.com/episode/4NIWth0DoZ1mQUAb1fkG7p
今回は、乳酸菌飲料がストレスや睡眠の質に影響を与えることができるのか、実験結果を元に考えます。
こちらが、Yakult100に関する公式発表です。
https://www.yakult.co.jp/yakult1000/
検証方法と結果についてまとめます。
2群比較です。対象は、進級に重要な学術試験を受験する4年次の健常な医学部生の男女(対象者140名)です。乳酸菌シロタ株を1000億個含む飲料を1日100 mL摂取する群(摂取群と呼称)と、乳酸菌飲料を模擬した疑似飲料を摂取する群(プラセボ群)に分けて、効果検証します。学術試験(=医学部生にストレスのかかるタイミング)の8週間前から飲用してもらう試験です。
さらに、原著論文を調べて詳細な条件を調査しました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26896291/
この試験は、2012-2014年までの3年に渡って行われており、47名(2012)、46名(2013)、47名(2014)、男女の内訳はプラセボ群(男38/女32)、摂取群(男38/女32)でした。年齢やBMIを含めた統計量は、インフルエンザのワクチン接種率についてプラセボ群が摂取群より7%多いのを除くと、ほとんど一緒と考えて良さそうでした。
条件が比較群間で統一されているので、良い試験系と言えます。気になるのは、母集団の偏りです。進級に重要な学術試験を控える医学部生を代表値として良いのかは議論が分かれると思います。
コルチゾール濃度の唾液中濃度に関する試験と比較すると、こちらはデータセットが少なく、47名です。進級に重要な学術試験を受験する4 年次の健常な医学部生の男女を対象に、摂取群と対照群に分けて効果を検証しています。(実験デザインは先程と同じ)
Yakultの開示している結果を、以下に引用します。
こちらを見ると、学術試験の際に唾液コルチゾール濃度は統計学的に有意に低下しています。ストレス体感調査については、学術試験が近づいているにもかかわらずむしろストレス値が低減している期間すらみてとれます。
また、原著論文の図を以下に引用します。
今回提示さてていない、左図は状態-特性不安検査という被験者の不安に関する尺度を測定した実験結果で、摂取群と対照群で大きな差はなく、有意差表示も見られません。中央図は年度ごとの唾液中コルチゾール濃度の比較ですが、年ごとにコルチゾール濃度が大きく変化していることも気になります。ここから、コルチゾール濃度の観点からストレスが軽減されているように見えるが、状態-特性不安検査という別の尺度で差は見られていない、ことが分かります。
乳酸菌を摂取することでコルチゾール濃度が低減される詳細な機序については踏み込まれていなかったことから、乳酸菌が腸内で私達の健康に利する何かをしてくれているかは、分かりません。
今回の調査では、① 8週間という長い期間、1日1本のヤクルト1000を飲み続ける、② テストを目前にした医学部生、という条件であれば唾液の中のコルチゾール濃度を低減しそうである、ということは言えます。
だからといって、ヤクルト1000を飲めば、ストレスに強くなれる、といった短絡的な帰結は導かれないのです。
睡眠習慣が変化すると腸内細菌に変化が生じることは、前のエピソードでお話しました。
https://note.com/chonai_saikin/n/ne93bce0d2b54
では、プロバイオティクスの摂取によって睡眠習慣に影響が出るか。この点については、現在も研究途上であると言えます。マウスの実験では、有用な知見が出てきているようです。しかし、2022年8月現在は、確固たる結論は得られていないというのが私の認識です。
では、Yakultの提示するデータを見てみましょう。
母集団は前回同様、進級に重要な学術試験を受験する4年次の健常な医学部生の男女(対象者94名)で、対照群と摂取群の2群比較を行います。摂取期間、摂取量共に同様です。
これらのグラフを見ると、熟眠時間、塾眠度および起床時の眠気について、いずれも改善されているように見えます。
それでは、原著論文を確認してみます。
これを見ると、他にも沢山の検証を行っており、その一部が抜粋されていることが分かります。前述の試験と同様に、状態-特性不安検査の結果は群間での有意差は有りませんでした。また、Figure5にはFactor Vとして睡眠の長さに関する記述もあり、睡眠の長さについてのスコアは摂取群の方が対照群よりも良いです。
つまり、睡眠の長さが適切だから起床後の眠気が少ない、ということは十分に有りえます。つまり、乳酸菌摂取以外にも様々な要因が相互に関係しあっていることから、起床時の眠気が改善されている原因を突き止めることは簡単ではないのです。入眠潜時や中途覚醒についても議論の余地はありますが、ここでは触れません。
ここでは、起床時の眠気や熟眠時間、熟眠度について摂取群の改善が見られるが、どのようにして乳酸菌飲料がそれらに良い影響を与えているか、そもそも乳酸菌のおかげなのかについては、今後の研究次第で分買ってくると思います。
現在、腸内細菌や乳酸菌飲料など、自分の専門領域が盛り上がっていることは嬉しいですし、今後も盛り上がっていってほしいと感じています。
しかし、にわか景気のような盛り上がり方は、個人的には望んでいません。いつかはじけてしまうバブルであるよりかは、すくすく根を下ろして成長する苗木に魅力を感じます。
皆さんは、"健康に良さそうだから"ヤクルト1000を飲んでみたい、と思ってはいませんでしたか?周りの風潮で、良さそうだと思ってはいませんでしたか?元のデータを見てみましたか?今回の話を受け止めた上で、冷静にヤクルト1000を眺めたとき、以前と同じような印象を受けるでしょうか?
研究内容は5年以上前のもの、通常のヤクルトとの違いは菌の密度、摂取することで睡眠やストレスの指標が改善したものもあればそうでないものもある、試験前の若い医学部生という限定的な母集団。これを教訓に、今一度広告とエビデンス(と呼ばれるもの)の関係を考えてみると、勉強になります。(私は非常に勉強になりました)
ものがあふれる消費社会。ついつい広告・宣伝の文句は誇張されがちです。だからこそ、真に受けない・冷静に根拠を調べる、消費者としてのリテラシーが求められると私は思います。
おまけですが、Yakult公式でも、乳酸菌の腸内への定着の難しさに関する記事を公開しています。
現在、Twitter、Instagramにて、①腸内細菌、②腸内環境、③腸活に関する質問を募集しています!沢山の質問、待っています。
https://twitter.com/chonai_saikin
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それでは、本日も一日、お疲れさまでした。