現役の腸内細菌研究者がお届けする腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。
本日のテーマは、腸内環境とpHについてです。腸内環境と健康について、巷では"乳酸菌や酪酸菌が腸内環境を酸性に保つことで、病原性細菌の増殖が抑制される"ということを耳にします。
この点について、まずは乳酸菌や酪酸菌が腸内を酸性に保っているのかということについて、論文を根拠としてお話をしていければと思います。
おっと、pHについて忘れてしまったから、ブラウザバックをしようとしている?
安心して下さい。pHとは何かからお話していきますよ〜
ちなみに、今回はかなり長い内容になっておりますので、休み休みお楽しみ下さい。
今回の内容は、TwitterでYuki様から頂いた質問を元に構成しております。専門的な質問を頂き、私自身もリサーチしていて勉強になりました。ご質問ありがとうございます!
腸内細菌相談室では、現在質問募集中です!
この内容は、ポッドキャストでもお楽しみ頂けます。
https://open.spotify.com/episode/7qdsELPXTD0V376zNl1t7P
リトマス試験紙、フェノールフタレイン溶液、万能指示薬、酸性・アルカリ性、あじさいの色。pHと聞くと、連想される言葉は人によって様々だと思います。
まずは、pHとは何かということを振り返ってみます。
pHとは、酸性の尺度です。具体的には、水素イオン濃度の尺度です。水素は英語でハイドロジェン。potential of Hydrogen。だからpHという略称なのです。pH7を境界として、pH7未満で酸性、pH7より大きくてアルカリ性(塩基性)という分類となります。酸性の条件では水素イオン濃度は高くなるのが特徴です。
味覚的には、pHが低いと酸っぱい、pHが高いと苦いところに対応します。
より具体的に話すと、塩酸と酢酸の例や活量の話など、込み入って来るので、ここではざっくりと、pHは酸性の尺度であり、水素イオン濃度と関係しているというところで止めておきます。
短鎖脂肪酸とpH
短鎖脂肪酸とは、炭化水素と呼ばれる分子構造が短い脂肪酸を指します。炭化水素とは、炭素と水素を構造にもつ分子です。メタン、エタン、プロパンなどが炭化水素の一種です。脂肪酸とは、カルボキシル基と炭化水素鎖を骨格とする分子です。と言ってもわかりにくいので、具体例をあげると酢酸やプロピオン酸、酪酸などが相当します。
短鎖脂肪酸と呼ばれるように、この分子は周囲を酸性にする機能があります。短鎖脂肪酸には、カルボキシル基と呼ばれる水素イオンを放出できる分子構造が含まれています。短鎖脂肪酸から水素イオンが周囲に放たれると、周囲の水素イオン濃度は増加します。よって、周囲は酸性に傾くのです。
次なる疑問は、短鎖脂肪酸が腸内を酸性にできるかということです。なぜなら、短鎖脂肪酸の他にも、腸内には無数の分子が飛び交っているからです。つまり、酸性に傾けようとする分子もあれば、アルカリ性に傾けようとする分子、あるいはpHの変化を小さくする分子も存在します。
まずは腸内のpHについて調べた研究からご紹介します。(参考文献は文末に記載)
この研究では、pH感応型ラジオテレメトリーカプセルを用いて、66人の健常者の消化管内pHを測定しています。ラジオテレメトリーカプセルとは、カプセル型の無線装置で、今回の場合はpHを測定する機能があります。
結果です。回腸末端(小腸の中でも大腸に近い部分)ではpH7.5、盲腸でpH6.4、大腸末端方向にかけてpHは7.0に近づいて行きました。大腸に入るまでに、弱アルカリ性、酸性、中性とpH1の幅で変化することが示されています。血液のpHが7.4程度なので、血液と比較すると大腸内は酸性であると言えます。
続いて、糞便中の腸内細菌とpHの関係について調べた研究をご紹介します。
(参考文献は文末に記載)
この研究では、健常女性の糞便サンプルを用いた溶液を使用して、嫌気性条件下での培養を行います。溶液のpHを6.0、6.5、6.9に設定し、炭素供給源としてグルコース、フルクトース、セロビオースの糖を添加します。ここで、微生物群集がどのように変化するのかみるのです。
検討の結果、初期条件のpHによって微生物群集構造とそれに伴う機能が変化することが示されました。例えば、pH6.0のサンプルではStreptococcus属菌が圧倒的に多く、pH6.5やpH6.9ではVeillonella属菌やStreptococcus属菌、Escherichia属菌が多くなっていました。Streptococcus属菌は乳酸生産、Veillonella属菌やEscherichia属菌は酢酸・プロピオン酸産生に関係します。ここでは、重炭酸によるアルカリ性と脂肪酸による酸性がpHを決定し、微生物群集構造を変化させるという結論がなされています。
でも、まだ私達の結論には答えが出ていません。つまり、"乳酸菌や酪酸菌が腸内環境を酸性に保っているのか"ということです。
ここまでのお話を整理します。
大腸内はpH6.4-7.0の弱酸性である
重炭酸や脂肪酸などのpH変動要因が微生物群集構造を変化させる
では、短鎖脂肪酸の存在が乳酸菌や酪酸菌に由来するかという知見があれば、この問には一応答えられることになります。長丁場ですが、あと一息です!
短鎖脂肪酸は、多糖類などの食物繊維が嫌気性腸内細菌により分解されることで発生します。この分解のことを発酵といいます。発酵の過程で短鎖脂肪酸が発生しますが、他にも水素やメタンガスも発生します。
ここで、短鎖脂肪酸の由来についての記述をしている論文を紹介します。
(参考文献は文末に記載)
短鎖脂肪酸は大きく分けて食事と腸内細菌が供給源です。食事の例としては、酢、Sourdough Bread、生クリーム、バター、チーズなどの乳製品です。一方、腸内細菌によっては主に酢酸、プロピオン酸、酪酸が作られます。食事と腸内細菌の短鎖脂肪酸の供給割合については、2021年の比較的新しい本論文でも記載はありませんでした。一方で、食事への介入によって短鎖脂肪酸生成菌の量を増加させ、結果として短鎖脂肪酸量が増大することをまとめています。
前回は、プロバイオティクスによって乳酸菌などの短鎖脂肪酸生成菌を腸内へ定着させることの難しさについて検討しました。ここでは、食事によって短鎖脂肪酸生成菌の量が変化することと、それに伴って短鎖脂肪酸の量が変化することを紹介しました。さらに、大腸内は弱酸性に保たれており、このpHは重炭酸イオンと脂肪酸によってバランスが保たれていることもお話しました。
結論は、食生活の改善が短鎖脂肪酸生成菌を増加させうるということです。
今回は非常に長旅でしたが、腸内環境とpHについて理解を深めて頂けたら幸いです。
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それでは、本日も一日、お疲れさまでした。
Evans DF, Pye G, Bramley R, et al., Measurement of gastrointestinal pH profiles in normal ambulant human subjects.Gut 1988;29:1035-1041.
https://gut.bmj.com/content/29/8/1035
Ilhan ZE, Marcus AK, Kang DW, Rittmann BE, Krajmalnik-Brown R. pH-Mediated Microbial and Metabolic Interactions in Fecal Enrichment Cultures. mSphere. 2017 May 3;2(3):e00047-17. doi: 10.1128/mSphere.00047-17. PMID: 28497116; PMCID: PMC5415631.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5415631/
Nogal A, Valdes AM, Menni C. The role of short-chain fatty acids in the interplay between gut microbiota and diet in cardio-metabolic health. Gut Microbes. 2021 Jan-Dec;13(1):1-24. doi: 10.1080/19490976.2021.1897212. PMID: 33764858; PMCID: PMC8007165.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8007165/