こんにちは。本日は「科学系ポッドキャストの日」の共通テーマ「環境」に因んだお話をします。題して、「腸内環境ってどんな場所?」。腸内環境や腸内細菌という単語が少しずつ浸透し、なんとなくのイメージを持っている方は多いと思います。
しかし、私達を取り巻く自然環境のように、簡単にイメージできるものでは有りません。その理由の一つは、私達の内側に広がる世界であり、見ることができないためです。
そこで、この記事を読み終わる頃には腸内環境についてイメージできることを目標にお話を進めていきます。
腸内細菌相談室では、腸内細菌や腸内環境にまつわるエピソードを、NoteとPodcastで毎週金曜日夜19:30に更新しています。最新情報はX、Instagramにて更新しているので、腸内細菌、腸内環境について詳しくなりたいあなたのフォローをお待ちしております!
まずは、腸内細菌相談室が参加している科学系ポッドキャストの日とは何かからお話していきます。
科学系ポッドキャストのテーマ企画は、毎月10日に共通テーマについてそれぞれのポッドキャスト視点で語る取り組みです。
つまり、1つのテーマについて様々なサイエンスの立場から考える、そんな企画なのです。過去の開催実績としては、2022年11月に「発明」、2023年4月に「宇宙」、2023年5月に「論文」、2023年6月に「観察」、2023年7月に「データ」、2023年8月に「怪談」の共通テーマでお話してきました。ちなみに腸内細菌相談室は全てに参加しています!あと6月はホストしてました。
では、今月のテーマは?ズバリ「環境」です。今回ホストを務めるのは、ぶつざくこと、生物をざっくり紹介するラジオさんです!とりまとめありがとうございます!
環境と聞くと、水環境や土壌環境、大気環境などが思い浮かびますね。そして、地球温暖化や水質汚染問題などなど、人間が与える自然環境への影響も思い浮かびます。
腸内細菌相談室の室長である私は、以前は水環境と土壌環境の汚染問題について4年ほど研究していました。特に、途上国などで問題となる重金属汚染や、有機化合物による汚染については色々お話できます。しかし、今回は自然環境という人間のスケールではなく、微生物のスケールでみる環境に焦点を当てます。
私達にもっとも近く存在する(というか内側に存在する)、健康へ大きな影響を与える環境、腸内環境です。腸内細菌相談室ですから、腸内環境について皆さんに知っていただきたいので、このテーマでお話をすることにしました。
ここで皆さんにクイズを出します!大腸の内容物を1mL=1cc取ってきたときに、そこにはどれだけの細菌が存在しているでしょうか。
記事の最後に答えを掲載しています。ぜひ最後までお楽しみください。
まずは環境の辞書的な定義から考えてみましょう。これからの論理の土台となります。ここでは、Cambridge Dictionaryから引用します。文脈によって環境は様々な意味を持つので、複数紹介します。
1つ目の環境の説明としては、人々、動物、植物などが生きる空気(大気)、水、土地と意訳できます。2つ目の説明としては、生活したり仕事をしたりする状況とそれらが与えるあなたの感情や仕事への影響と意訳でいます。最後の説明は、コンピューターやプログラムが実行されるシステムとしての環境についてです。
今回取り上げる腸内環境について最も近い説明は1つ目の説明です。つまり、生物が生きる場所です。でもこの説明だけでは環境について十分な説明にはなっていません。
大切なのは、ある環境に住む生物は環境と相互に及ぼし合っているということです。環境をある生物を取り巻く生物や物質であると考えるならば、ある生物は環境中の別の生物や物質に影響を与え、また与えられていることになります。
これは、腸内環境を考える上でも重要な要素です。では、腸内環境とはどのような環境なのでしょうか。
ここでは、腸内環境を、ヒト腸内に存在するヒト組織、微生物、ウイルス、物質そのものと定義します。つまり、私達の一部、微生物、ウイルス、物質の集合体が腸内環境です。腸内環境は環境なので、生物、物質、ウイルスは互いに影響を及ぼしあって存在しています。
これは、あなたのお腹の中に繰り広げられている出来事です。食べ物を食べると、腸内環境に食べ物の断片と食べ物が消化されて生じた物質、消化酵素などが流入します。そこに腸内細菌が食らいつき、私達には消化をできないものを分解してくれます。その一部は吸収され、一部は排泄されます。
腸内環境は、特殊な環境です。腸内環境の特徴は、①豊富な栄養、②豊富な水分、③少ない酸素、そして④高密度の微生物です。これを私達の世界で例えるとこんな感じになります。
(ポッドキャストでは、雨、雑踏、食事のBGMを流しています)
①、②、③の要素は、微生物が繁殖する上で好条件になります。なので、①、②、③の結果として④の特徴が生じるとも考えられます。実際に、腸内には数百種類、世界人口をはるかに凌駕する細菌が生息しています。
これは、あなたのお腹の中に繰り広げられている出来事です。
腸内環境をより細かく分類するのであれば、小腸と大腸に分けて考えることができます。組織的に小腸と大腸は異なります。特に、小腸は栄養の吸収に長けているのに対して、大腸では水分の吸収に長けているとされています。あらかたの栄養が吸収され、私達には分解できなかった物質が大腸へ向かうと、大量の腸内細菌によって消化、吸収され、新しい代謝産物が生まれます。
小腸と大腸で見ると、酸素濃度が異なります。酸素はある細菌にとっては有害であることから、酸素濃度が重要になるのです。大腸と比較して、小腸には比較的多くの酸素が存在するので、この条件でも増殖できる細菌が存在します。反対に、大腸には酸素を嫌う腸内細菌が多く存在します。
また、pHの観点では胃により近い小腸は大腸と比較して酸性に傾いていると考えられます。これも腸内細菌の数を変化させる要因となります。
ちなみに、大腸がんと比較して小腸がんが珍しいのも、腸内環境の性質が違うことが原因として考えられています。例えば、小腸は大腸と比較して腸内細菌が少ないことや、免疫応答のメカニズムが異なることなどが、小腸がんが珍しいことの原因として考えられています (K. C. Calman, Gut)。
では、番組も終盤に近づいてきたので、冒頭のクイズの答えを発表します。問題は「大腸の内容物を1mL=1cc取ってきたときに、そこにはどれだけの細菌が存在しているでしょうか。」でした。
答えは、10^11細菌です (R. Sender et al., PLOS BIOLOGY)!1ccに10^11細菌 (1000億:世界人口の約12.5倍)ってとんでもない細菌の密度ですよね。多様な細菌がここには含まれていて、私達と相互に影響を及ぼし合っています。
腸内環境についてのお話はいかがでしたか?腸内環境がいかに特殊で、実はたくさんの生物が生きているかを感じていただけたら嬉しいです。
腸内細菌相談室では、今回のような腸内細菌、腸内環境にまつわるエピソードを毎週金曜日に更新しています。ぜひこれを機会に、他のエピソードも覗いてみてください!
以上、腸内細菌相談室の鈴木大輔がお届けしました。参考文献から、今回の記事の根拠をご確認いただけます。
この番組は、メタジェンセラピューティクス株式会社の提供でお送りいたしました。
それではまた来週お会いしましょう!バイバーイ!
小腸がんについて: Calman KC. Why are small bowel tumours rare? An experimental model. Gut. 1974 Jul;15(7):552-4. doi: 10.1136/gut.15.7.552. PMID: 4609841; PMCID: PMC1412976.
クイズの根拠:Sender R, Fuchs S, Milo R. Revised Estimates for the Number of Human and Bacteria Cells in the Body. PLoS Biol. 2016;14(8):e1002533. Published 2016 Aug 19. doi:10.1371/journal.pbio.1002533